宗谷岬探検隊

 とあるゲストハウス。「北海道には20数回、毎年来てるけど、年越宗谷岬はやったことないんだよなぁ」脳裏に謎の衝撃が走った。まず言っている意味が分からない。だが、その言葉からは、宗谷岬で年越しをしている人間がいることだけは理解できた。「年越し宗谷岬」とググってみると、体験談や攻略法などの記事が出てくるではないか。自転車やバイクでの攻略方法、前日のテントスポットなどの紹介がされている。なるほど、面白そう!このときは興味半分だった。

 

チキン、鳥へ

色とりどりの記事を見ているうちに「年越し宗谷岬」の虜になっていた。目的地はあれども特に目的はない。でもやってみたい!しかしそこにいたのはチキンな自分だった。雪でこけたらどうしよう。遭難?不安と寂しさが欲望にブレーキをかける。

そこで、後に一緒に「年越し宗谷岬」を行うことになった、ゆーすけとしゅんすけに声をかけることにした。ゆーすけは何も考えずに即答。まさに楽観的な思考である。しゅんすけは一味違うように思えた。当時学生だった彼。周りにアクティブな奴らが多かった。自分もなにかやらなきゃ!そんな気持ちが彼を駆り立てたのだろう。

ダメ元で声掛けした自分にとっては3人で出発できるなど夢にも思っていなかった。ブレーキを引きずりながら走っていた心はいつの間にかエンジン全開になっていた。チキンだったはずの自分が数分後には自分の翼で飛べる鳥になっていた。

 

準備の大切さ

 出発にあたり、移動手段、宿泊方法すら決まっていなかった。つらい方が思い出にのこるとエアコンなし鉄板丸出し、「スバルサンバー」で行こう!3人で荷室に車中泊しよう!そう決めた。残る2人はぎりぎりまで、「エスティマ」で行くと思っていたようである。

 段取り8分のやる気2部。いつものことながらやる気8分の段取り2部の我々は、前日にタイヤ交換、ユニクロへ駆け込む始末であった。信号機色のユニクロフリースを手に入れ出発するばかりだ。

 いざ、出発。我々には十分な寝袋も、ウエアもなかった。出発時に松本の家で調達した。これがなかったら確実に凍死だった。

 

 

 

船酔い

 順調に新潟港へと辿りついたサンバー一行は、小樽行のフェリーへと乗込んだ。しかしながら、フェリー内部の記憶がない。なぜなら猛烈な船酔いに襲われたからである。船酔いといっても船上で酒を飲みすぎた船酔いであることは言うまでもない。

 

 

魅惑のすすきの

 小樽港から1時間札幌の歓楽街が姿を現した。繁華街と歓楽街って何が違うのと思った人は、是非ググってほしい。知っていましたか?

札幌。まず食い物がうまい。コストパフォーマンスは最高だ。サッポロクラシックが北海道を感じさせてくれた。さあ2件目に行こう!2件目だけに人数も2人になっていた。自由行動をとり始めたゆーすけは、友だちに会いにすすきのの夜へと消えていった。

 さぁ出かけよう。一切れのパン。ナイフ、ランプ鞄に詰め込んで。

緊張のままコンビニで爪切りを買って整える男と、長靴のみで北海道に上陸してしまった男の夜遊びが始まったのである。

 

リズる

回転をご存じだろうか。

店で回転するのである。

何が回転するかって?人がである。チェンジするのである。

40分間なら、20分に1度くらいのペースで。

その回転が、二人組の男の間で行われていたらどうなるだろうか。

想像できるだろうか。

我々の身に何があったのか。想像にお任せしたい。

 

はしごはしご。最後にユースケを交えて兄弟松本といった店でリズることになる。

その店の名はレディマ。

一目ぼれの相手はりず。

長靴成人のお相手はつばさ。

この日から今日まで、ひとめぼれすることをリズると言っている。

 

つらい、りずったままの旅が始まった。

宗谷岬はまだまだ遠い。

 

羽幌町

 羽幌町の実力は並々ではない。

 宗谷岬前日、着々と走り続けたサンバーであったが、心も体も寒い。こんな時は鍋が食べたい。車の中で鍋をすることになった。食材を買うにはどこへ行くだろうか。ガソリンを詰めるためにはどこへいくだろうか。普段なら行先は決まっているだろう。だが北海道の田舎に日曜日に空いてる店などない。この日本でまだそんな未開の場所があるなんて知る由もなかった。鍋の具材を求めて、北上するも何も見当たらない。皆目見当つかぬまま到達した羽幌町には感動のスーパーの明かりがともっていた。閉店まで残り10分。石狩鍋風に仕上げようと買った具材は7000円を超える会計だった。おそろしや。温まった体が冷めないうちに、床に就いた。これが恐怖への、幕開けだ。

 

 

 

 

 

眠れない松本

 就寝の配置は真中に松本。両サイドが俺ら。軽自動車での3列はほぼ重なっているに等しい。少し横を向けば、今にもキスできるほどの顔面と顔面の距離である。そう。松本は右を見ても左を見ても天国だったのである。興奮して眠れないのである。夜中に何度も起きて発狂する姿をすかし目で確認していた。

ああああああという声と頭をかきむしる様子を忘れられない。だが、疲れには勝てないもので3人とも熟睡。奴はそんなときに現れた。鍋から水分が蒸発。車内はただの鉄板である。朝起きた社内には朝露ならぬ、見事に朝つららが完成していたのである。何とも不愉快なのか愉快なのかわからぬまま羽幌町を後にするのであった。

 

 

夢の宗谷岬

 夢の宗谷岬にたどりついた。そこにはすでに猛者どもの寝床が複数完成していた。わずかに見えるような樺太の大地を背景にチャリ、バイクが行列をなしている。

 そこで出会った一人の男はなんと、山形大学の先輩だった。是非山大には変態をもっと排出してもらいたいものだ。世の中を面白くできる変態を!

 やや早く着きすぎた。温泉にでも行こうと向かった温泉でみた利尻富士の美しさは今でも脳裏に映し出される。やった!稚内に来たんだ!!

 

夢の年越し

 年越しパーティーをしよう。鍋に火をつけようとも湯が沸かない。ガスが冷えて力を発揮できないのだ。調味料の日本酒も凍っている。ガスにホッカイロを貼付けなんとか鍋を完成させた!宴だ!年越しイベントだ!寒い!ウイスキーだ!!

 悪夢だった。

年越し30分前。男は倒れた。車の中で寝て年を越した。お前は何しに来たんだ。みんなの盛り上がりも、花火も見ないままに。彼は年越しに宗谷でリバースというおそらく日本でたった一人の宗谷年越し男になったのだ。

我々も負けていられない。何かしよう。裸になっていた。写真をとった。ただたださむい。することがない。ただ寝るだけであった。

 

 

 

初日の出

 初日の出は美しかった。寒すぎて携帯の電池が死亡。ほとんど写真が無いことだけが残念だ。

次の目的地は富良野。元旦から友達の実家に泊まりに行く俺らは相当の迷惑野郎であることは理解していたが、布団に寝たい欲望にはかなわかった。超豪華なカキ、ホタテ、肉をごちそうになり、翌朝いくら丼までご馳走になった。マジうまかったなぁ。本当にごちそうさまでした。別れ際、サンバーの姿を見た家族の皆さんから若干不安そうな顔がうかがえたのは気のせいかもしれない。彼の父にゴキブリの描かれたジップロックに入った眠気防止グッズをもらい、出発した。突然の出来事にあまりリアクションできなかったが、反応が無くて少しかなしそう、かわいいパパだった。ありがとうございました。

 

 

砂川転倒事件

 砂川市には日本一直線の長い国道がある。国道沿いにおいしいお菓子があると、前日の富良野で情報を得ていた。だが、お菓子屋に立ち寄って疲れがピークに達してしまったのである。次の運転手は松本だ。んんんんん?何が起きた?

5分後、車は写真のようになっていた。なぜこいつがピースをしているのかは理解できなかったが、後にすぐに理解できた。命を救ってくれたのである。こいつのテクニックがあったからこそ怪我もなく済んだのである。(こんな状況にもならなかっただろうが。)札幌のかわいいお姉さんに会う予定が、レッカー屋のおやじに会えたのも彼のおかげだ。右半身潰れたサンバーに無理やり新品のタイヤを設置し再び帰路へ。(タイヤは縁石で破けていた)

 

 

旅の終わり

 帰りの記憶がほとんどない。それまでのインパクトが強すぎたからだろう。そこから無事に帰ることができた。家についたらまず車を内側から叩いた。少しでも元に戻したい。おやじの車を勝手に借りてきたので若干の焦りがあった。おやじは何も言わなかった。サンバーを愛してるから見てくれなんて関係ないのか!なんて素敵なおやじなんだ!さすが俺のおやじ!

 

 

数日後。朝起きた我が家の駐車場にサンバーの姿はなかった。

 どうやら旅に出たようだ。

永遠に戻らない旅に。

 あいつは旅が好きだったからな。

 サンバーさようなら。

 そしてありがとう。