――課題を解決するために目標を立てるのか
ケアプランを考えるとき、
「課題を明らかにして、その課題を解決するために目標を設定する」
という説明をよく目にします。
一見すると、とても分かりやすい考え方です。
しかし、私はここに大きな違和感があります。
なぜなら、
「課題」と「目標」を一直線につないでしまうと、ケアマネジメントの思考過程が見えなくなってしまうからです。
課題と目標は、同じ方向を向いているが、同じものではない
まず、課題と目標は分けて考える必要があります。
私が考える「課題」とは、
本人が望む暮らしと、現在の生活との間にあるズレ
です。
一方、目標とは、
その人が望む暮らしに近づいていくための方向や道筋
です。
つまり、
「課題があるから、それを解決するために目標を立てる」
という単純な関係ではありません。
むしろ、
本人の望む暮らしを起点として現在の生活を捉え、その間にあるズレを課題として捉え、そのズレを抱えながらも、どうすれば望む暮らしに近づいていけるのかを考えた結果として、目標が生まれる。
私は、この順序が大切だと思っています。
課題を解決すれば、望む暮らしになるのか
ここを考えてみたいと思います。
たとえば、
「歩行が不安定で転倒の危険がある」
という状態があったとします。
これを課題として、
「転倒を防止する」
という目標を設定する。
確かに、問題は整理されています。
しかし、ここで一度立ち止まってみる。
本人は、本当に
「転ばないこと」
を望んでいるのでしょうか。
もしかすると、
「近所の喫茶店まで歩いて行って、友人と話をしたい」
のかもしれません。
だとすれば、「転倒を防止する」というのは本人の望む暮らしそのものではありません。
転倒への対応は、
望む暮らしに近づくために必要かもしれないこと
です。
この違いは大きい。
「課題解決」が目的になると、目標が小さくなる
課題を解決することを目標にすると、目標はどうしても、
- 転倒を防ぐ
- 服薬を忘れない
- 食事を摂る
- 入浴する
- 体力を維持する
- ADLを維持する
といったものになりやすい。
もちろん、これらが重要ではないと言っているのではありません。
問題は、
それらを達成した先に、その人がどんな暮らしをしたいのか
が見えなくなってしまうことです。
課題が解決されることと、本人が望む暮らしに近づくことは、必ずしも同じではありません。
目標は「課題の反対側」ではない
ここが、私が最も伝えたいところです。
「外出できない」という課題があれば、
「外出できるようになる」
とする。
「転倒リスクがある」という課題があれば、
「転倒しない」
とする。
このように、
課題の反対側を目標にする
だけでは、ケアマネジメントとは言えないと思っています。
必要なのは、
「この人は、なぜ外出したいのか」
「外出して何をしたいのか」
「本人にとって、その生活にはどんな意味があるのか」
というところまで考えることです。
そこから初めて、
本人が望む暮らし
が見えてきます。
そして、その暮らしに近づくための道筋として目標を考える。
課題は「解決する対象」だけではない
課題という言葉を使うと、
「解決しなければならないもの」
という印象が強くなります。
しかし、生活上のズレは、必ずしも完全に解消できるとは限りません。
年齢を重ねれば、身体機能が変化する。
病気によってできないことが増える。
家族関係や住環境も変わる。
本人の希望そのものが変わることもあります。
だから、
課題をなくすことだけを目的にするのではなく、その課題を抱えながら、どうすれば本人が望む暮らしに近づけるのか
を考える必要があります。
ここに、ケアマネジメントの意味があるのではないでしょうか。
だから「課題→目標」だけでは足りない
私は、
課題 → 目標 → 支援
という一直線の構造だけでは、ケアマネジメントの思考を十分に表せないと思っています。
むしろ、
本人の望む暮らし
↓
現在の生活を理解する
↓
本人との対話を重ねる
↓
望む暮らしとのズレを捉える
↓
課題を生成する
↓
望む暮らしに近づくための道筋を考える
↓
生活全体の目標を描く
↓
その道筋を段階的な目標として表す
↓
必要な社会資源や専門職につなぐ
という流れではないでしょうか。
ここでは、課題は「目標を作るための材料」ではありません。
課題は、
本人の望む暮らしと現在の生活をつなぐための重要な手がかり
なのです。
ケアマネが考えるべき「仮説」も変わってくる
この考え方に立つと、ケアマネが立てる仮説も変わります。
「この人には訪問介護が必要ではないか」
「デイサービスが必要ではないか」
という支援内容の仮説を先に立てるのではありません。
そうではなく、
「この人が望む暮らしに近づくためには、どのような道筋が考えられるだろうか」
という仮説です。
その道筋を本人と一緒に考えていく。
そして、その過程で必要となる支援について、専門職やサービス事業者とつないでいく。
つまり、
ケアマネが考えるのは「何のサービスを入れるか」より先に、「どこへ向かうのか」「どう近づいていくのか」なのです。
目標は「サービスのため」にあるのではない
ここも重要です。
ケアプランを見ると、
「このサービスを利用するための目標」
のようになってしまうことがあります。
しかし、本来は逆ではないでしょうか。
本人の望む暮らしがあり、その実現に向けた目標があり、その目標に近づくために社会資源を活用する。
サービスは目的ではありません。
目標を実現するための手段の一つです。
だから、
「訪問介護を利用して○○する」
というところから考えるのではなく、
「本人はどんな暮らしを望んでいるのか」
を起点にする。
そのうえで、
「その暮らしに近づくためには何が必要なのか」
を考える。
この順序を大切にしたいと思います。
「課題を解決するケアマネ」から「暮らしへの道筋をともに考えるケアマネ」へ
ケアマネの役割を、
「課題を見つけて解決する人」
と捉えるのか。
それとも、
「本人が望む暮らしへの道筋を、本人とともに考え、必要な人や資源をつないでいく人」
と捉えるのか。
ここには大きな違いがあります。
私は後者を、ケアマネジメントの専門性として大切にしたいと思っています。
課題は、最初から答えとして存在しているものではありません。
本人の意向を聴き、生活を理解し、対話を重ねる。
その中で、
「今の暮らしと、望んでいる暮らしとの間に何があるのか」
を一緒に考える。
そこから課題が生成される。
そして、その課題をただ「解決する」のではなく、
「この人が望む暮らしに近づくには、どうすればいいのか」
を考える。
その道筋の中に、目標があります。
だから私は、
「課題を解決するために目標を立てる」のではなく、
「望む暮らしに近づくための道筋として目標を立てる」
と考えています。
この違いは、単なる言葉の違いではありません。
ケアマネジメントを、問題解決の技術として捉えるのか、それとも本人とともに暮らしの道筋をつくっていくプロセスとして捉えるのか。
その違いだと思っています。
