― ケアマネジメントの専門性を決定づける、たった一つの原理 ―
ケアマネジメントの現場で、いま最も見失われている原理があります。
それが、
「課題は作るものではなく、現れるもの」
という当たり前の事実です。
しかし、現在推進されている「適切なケアマネジメント手法」を見ると、
この原理が制度の中から静かに消えつつあります。
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■ 「課題を作る」手法は、利用者の語りを“材料化”する
適切なケアマネ手法では、
- どの項目に当てはまるか
- どの課題に分類されるか
- どの支援項目に落とし込むか
といった“支援者側のジャッジ”が先に来ます。
この構造では、利用者の語りは
「課題を作るための情報」
として扱われます。
つまり、利用者の言葉は“材料化”される。
この瞬間、ケアマネジメントはソーシャルワークではなくなります。
なぜなら、ソーシャルワークは
利用者の主観を中心に据える生活モデル
に立脚しているからです。
支援者が課題を先に決める構造は、
利用者の主体性を制度的に奪う仕組みになってしまう。
■ 本来のケアマネジメント:課題は“現れる”もの
ソーシャルワークのアセスメントは、
- 話を聞き
- 関係性を築き
- 意味を読み取り
- まだ言語化されていない願いを待つ
という“余白のプロセス”そのものが専門性です。
このプロセスの中で、
「何が課題なのか」が少しずつ立ち現れてくる。
課題とは、
最初からそこにあるものではなく、関係性の中で“見えてくるもの”。
だからこそ、支援者が先に課題を設定する手法は、
ケアマネジメントの本質を根こそぎ奪います。
■ 目的と手段が逆転すると、ケアマネは“管理職種”に変質する
本来の目的は「利用者の望む暮らし」。
水分摂取量や食事量の管理は、その目的を支えるための手段にすぎません。
しかし、現行の手法では
“望む暮らし”が支援項目の一つとして並列化されてしまう。
目的が手段の列に並んだ瞬間、
ケアマネの視点は「生活」ではなく「管理」に引き寄せられます。
その結果、ケアマネは
生活を扱う専門職ではなく、医療系に近い“管理職種”へと変質する。
これは個々のケアマネの問題ではなく、
手法そのものが生み出す構造的な問題です。
■ 結論:課題は“作る”ものではなく、“現れる”もの
ケアマネジメントの専門性は、
利用者の語りの中から“まだ言葉になっていないもの”を共に見つけていく力にあります。
支援者が課題を作る手法は、
その専門性を制度的に奪います。
だからこそ、私ははっきりと言いたい。
課題は作るものではなく、現れるもの。
この原理を曖昧にした瞬間、
ケアマネジメントはソーシャルワークではなくなる。