5月3日の夕方

母からの 急な 呼び出しは

実家の斜め前に住む

おじさんの お見舞いに行きたい

だった


耳鳴りで 寝ていた私も

行かねば ・・・

と 速攻で 用意をして

母を 迎えに行った


おじさんは 末期癌だった


とはいえ ・・・

20年前に 余命半年と 言われてからの

本当の 最期 ・・・


今年に入って

腰を痛がり

骨への転移が 見つかった


肺癌から 胃癌

わかるたびに 切除して

克服してきた おじさん


骨ばかりは ・・・


ずっと 大阪のガンセンターまで

通っていたが

今回は 近くの病院に 転院し

そこで いろんな治療を 始めたのが

2月 ・・・


その時に 余命 3ヶ月と言われ


5月6日に 旅立った


5月2日に 痛みから 暴れて

おじさんは ドクターに
 
楽になりたいと 手を合わせて

頼んだらしい


治るなら 我慢します

治らないなら 楽にしてください


連休中で 大阪に住んでいる息子も

帰省していて

家族で相談し モルヒネ投与を

始めたのが 5月3日


余命 3日 ・・・


家族以外 誰も知らないこと



でも おばちゃんは 母にだけ

それを 伝えにきたそうだ


私と母が 病室に入ると

酸素マスクをしながらも

髪を綺麗に整え 

顔色の良い おじさんが

小さくなって 寝ていた


そして 昔と 変わらず

よく 話した


母とは 従兄弟になるから

一時間以上 話していた


しんどくなるなら 帰ろー

私が そういうまで 話していた



それが 最期 ・・・



5月5日に 孫達にも 会い

5月6日の夜に 旅立った


お酒好きで 毎日 一升瓶を 横に

タバコを吸いながら

夕飯を 食べていた


実家が 忙しいから

私は よく そこで ご飯をよばれた


2つ上の お姉ちゃんと

同級生の 弟


3人で コタツで 寝ているような

のどかな 時代 ・・・



お前ら 付き合ってんの ??

とか 噂が出たくらい 

(@_@)(@_@)  

仲が 良かった (*^^*)


同級生の弟は 気が弱く

気の強い 男の子に 
  
いつも いじめられていた


忘れもしない 中学一年生の時


どうでもいいことで また 

いじめられていた


カッチーン ‥‥‥


私の中で 何かが 爆発し


気の強い いじめっ子に 

立ち向かった



弱い子 いじめして

何 楽しいんな

弱いものしか 

いじめれやん 男って


最低 ~ 

と 教室中に 響き渡る声で

私は 怒鳴りつけた ( ̄○ ̄)


反論するわな 勿論

いじめっ子なんやから


そこから 口論になり

今まで 交わりのなかった 2人が

ののしりあった (≧◇≦)


結果 ・・・


イジメッコ ガ ナイタ (+。+)



あれ以来

気の弱い 弟は いじめられなくなり


あれ以来 ・・・

いじめっ子と私は 勿論

口をきかなくなった


ご近所やけどね ((((;゜Д゜))))



誰にでも えらそうにしていた

そいつは 頭良し 運動神経良し

気は強く

一人っ子で ワガママ


やりたいように 生きてきた

彼の人生を 
 

やりたいように 生きてきた

私が 

阻止した (--#)(--#)

 

彼は 一流大学を卒業し  

一流の道を 歩んでいます (^o^)



 

おじさんは 癌になるまで

浴びるほど 酒を飲み

吸いたいだけの タバコを吸い


死んでから 仏壇に 供えてくれるな

生きてるうちに 飲んでおく


と 豪語していた



癌治療の後から
 
ぴたっと お酒もタバコもやめた


余命半年 ・・・


みんなが 泣いた日から 20年


おじさんは 命の限り 生きた


最後に 会いたい人は 

居なかったらしい 


家族に看取られ


83年の生涯を終えた ・・・



家族葬


当家の判断 ・・・


母には 供花だけを しておくように

伝えた ・・・



私は 落ち着いてから  

お家に 行こうと 思っている



おじさんと 話した あの居間で

みんなで 笑った あの日を

想い出しながら ・・・



おばちゃんの 苦労話を 

聞いてあげたい ・・・



おじさん 楽になれて良かったね ☆☆


光に包まれて  
 
光の世界へ 旅立ってください 

 

たくさんの 優しさを ・・・
 


ありがとう ☆☆☆