なぜ?なぜ?なぜ?
どうしてなの?


いろんなことに自問自答 ・・・


考えたところで
答えなんかなかったなぁ ・・・


人間関係
うまくいかない人は
自分とは 合わなかっただけで
長く お付き合いできる人が
居ない訳じゃない

子供のことも
心配しても
心配は山ほど募るけど
私の心配なんか
微力なもので ・・・


親のことも
心配はしてるけど


親の方がもっと
私を心配してて ・・・


心配しても
その悩み ・・・

誰かに代わってあげれる訳ぢゃなく
私の悩みも
誰かが代わってくれる訳ぢゃない


淡々と ・・・
ただ 淡々と ・・・
生きていくしかなくて


答えは
すぐには出ないかもしれないけれど

いつの日か ・・・

何かが わかるかもしれない



私の叔母は
ものすごく
食に気をつけていたけど


胃癌が見つかってから半年で
この世を去った


その夫は
叔母が股関節の手術をして
入院している間に
お風呂で亡くなった


叔母は
無理矢理外出して
車椅子で葬儀に出た


子供3人の教育には
驚くほど熱心で


3人が3人とも 
一流であるのは
言うまでもなく


誰か一人くらい
ドクターにしたかった

が 叔母の口癖だった


叔母が
亡くなった時に

一番可愛がっていた
娘さんの子供は小学五年生だった


共働きの娘夫婦を
ずっと支え

孫の教育は
子供以上だった

塾の送迎に忙しいからと
胃の調子が悪いと
いいながらも病院に行かなかった


病院に行った時には
どうしようもなかったらしい ・・・


それでも

3人の子供たちは
治療費がいくらかかってもいいから
母を治してほしいと
あらゆる治療をしたようだった


薄れゆく意識の中で ・・・
電話をくれたのは
この世に生を残した
一週間前のことだった


てるちゃん

お母ちゃん
頼んどくで

私の娘を頼んどくで 

孫を頼んどくで


娘さんは
人見知りが激しく
なかなか
友達が出来ない性格

仕事ばかりで世間知らず

孫は一人っ子で
兄弟が居ないから

娘と姉妹のように
孫は息子たちと兄弟のように

叔母の願いだった ☆☆☆


私たちは
叔母が居なくなっても
長い休みがあるたびに
逢ってきた


ただ
昨年は
息子さんが浪人していたから
一年間
一度も
逢わなかった


和歌山から大阪の名門私立に六年通い
一年
浪人をした息子さんは
この春
見事に志望大学に合格した ☆☆☆


私は
合格waffleを送ったりするしかなく
しばらく連絡を取れなかった


3月末に
連絡が来て
この ゴールデンウィークに
ひさびさに逢える (o^^o)


次男くんと同じ学年からのスタート


次男くんも
ひさびさの対面が
嬉しいみたい (^0^;)


息子さんは
叔母の夢 ☆☆☆


医学部へ合格したのだ ♪♪


叔母が居たら
どれほど喜んだことだろう ♪♪♪


叔母の死が
彼をその道に導いた ・・・


どうしようもない現実は
誰にでも訪れることがあり

その時は
どうすることもできないこともある

だけど ・・・

生きていく時間の中で
叶えられる夢もあるんだな

そんなことを
思った この春 ☆☆☆


生前 ・・・ 

叔母とは
月に一度は お茶をしていた私は


娘さんより
たくさんのことを知っていたり(笑)


私の父が亡くなってから
私の気持ちを一番
理解してくれていた
叔母だった

父に代わり
私に存分のことを教えてくれた


命は 亡くなっても

魂は いつまでも

私の中で 生きてます (*^^*)


辛いことは たくさんあるけど

誰かが 必ず

手を差し伸べてくれます


差し出された手が

温かいほど

人は 救われますね ♡♡♡