社会的養護について、学んでいます。

 

学生時代の夏休み、ボランティアをするという課題の続きです。

 

前のお話はこちら。

 

 

 

 

とある女子に

「お金をもらうのは、ボランティアじゃない!」

「terちゃんがやるのは、ボランティアじゃない!」

と叫ばれた、その後。

 

 

実際のボランティア内容も下書きをしましたが、

細かな活動内容を記すことは、私の本意ではありませんので割愛。

 

後日談というほどのものはありません。

それ以上、その女子も関与してきませんでした。

 

もしも、その女子が

「お金をもらうのは、ボランティアじゃない!」

「terちゃんがやるのは、ボランティアじゃない!」

と触れ回り、

課題を提示した先生のところでアピールし、

課題の内容が「何もかも無償のもの」と訂正されたとしたら。

 

 

まぁ、私の課題が達成されなかったとしても、それはどうにかなる話です。

 

 

 

現実として、困るのは2つの団体さんです。

 

 

 

2つとも「こども」を中心に据えた活動をされていました。

が、大人の目線でその団体を見ると、やはり親支援の側面は強いと感じました。

ちなみにその団体さん、2つとも現在も活動継続されています。ボランティアも募集中。

(コロナ禍でイベント事は軒並み中止orオンラインで行っているようです。)

 

こども達、当事者も普段はそれぞれの居場所にいて。

1回/年しか会うことはないけれど、こども達同士は顔見知りで、幼馴染のよう。

保護者さんも同じ立場での悩み、こどもの成長に伴う悩みを共有し合い。

 

そういう場が無くなって困るのは、こどもや保護者である当事者の皆さんです。

 

 

※補足します

当時、ボランティアがいない/少ないからを理由に、2つの事業が中止にはならなかったと思います。が、私達ボランティアがこども・きょうだいに対応している間、保護者の皆さんは心置きなく交流や休息をされていたと思います。そういう時間が持てなくなるというコトです。

 

 

 

 

事実、翌年から母校に

2つの団体さんからボランティア募集のチラシが掲示されるようになりました。ニコニコ

 

でも、母校の学生たちも、「課題をこなすための偽善者」と呼ばれてしまうのかな。

 

 

こんな学生時代を思い出した2020年2021年・夏でした。

(TOKYO2020に引きずられた~)

思い出させてくださり、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

ボランティアの概念が異なるのを理由に、否定するのは個人の自由です。

参加しないのも自由です。

 

でも、現実に必要なのは手。人手です。

予算をつけて解決することもありますが、まず実働部隊になってくれる人がいないと現場は動きません。

 

コロナの現場に、専門職ではない一般人が駆け付けても、何もできませんよね。

 

養育里親は、専門職でなくても門戸は開かれています。

里親にならないまでも、制度を学んで、現状に興味関心を持ってもらうだけでも。

 

 

 

最近起きた、児相が関連した御家庭での事件。

児相を責めるのは簡単です。

 

どうして丁寧な支援ができないのか。

どうして、面談日程がそんなに先だったの?

人員不足は深刻らしいです。

 

皆さんがそれぞれ、人員不足解消を首長や議員さんに働きかけることが必要だと思います。

 

 

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

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