社会的養護について学んでいます。
ネットサーフィンをしていて、「鬼滅の刃」のキーワードで閲覧したサイトでしたが、思いがけず「社会的養護下に入っていたかもしれない」という事例に出会いました。
お話の大部分は緊張感があるけれど、少しだけクスッと笑顔が出る、そんなエンディングでした。
「鬼ごろしをください!」
そんなおっさんどもは無視をして、カウンターの奥でクソ細長い魔女みたいなタバコをふかしているマダム店主に注文した。
「お、鬼ごろしか!」
「あれはいい酒だぞ」
「俺の血液は鬼ごろしでできている!」
また、やいのやいのと冷やかし、囃し立てるおっさんたち。
特に南海ホークスのおっさんはひどくて、歌舞伎っぽい独自の鬼ごろしポーズを「鬼ごろし!」と叫びながらコミカルに決めて見せた。
また、ドッと店内が湧いた。
「1.8リットルのパックにやつください。いくらですか?」
おっさんどもを無視してマダム店主に詰め寄る。
マダムは酒の棚からそっと位牌でも取り扱うような手つきで1.8リットルパックの鬼殺しを手にした。
「おつかいかなー? お父ちゃんが夜に飲むお酒かなー?」
南海ホークスが囃し立てる。
僕はキッと睨みつけて言い放った。
「違います。お母さんのやつです。もうお酒を飲まないと何もできないみたいなので」
僕の言葉に、店内の時が停まった。
あれだけ囃し立てる笑い声が、凪のように止まったのだ。
「お母ちゃんが……?」
南海ホークスが急に真剣な顔つきになった。
かなり深刻な空気が流れた。
それから、ご飯はどうしてるだとか、それ以外の家事はどうしてるだとか、そんなありきたりな質問が続いた。
「絶対にダメだ、そんなのダメだ。おい、売らないでくれ」
南海ホークスがマダムにそう告げる。
面倒なことになった。いいから売ってくれよと思った。
現代では、たとえお使いであっても子どもに酒を売ってくれることはない。
けれども当時は当たり前のことで、子どもがお使いで酒を買うなんてそう珍しいことではなかった。
だから急に深刻なトーンになってしまったことに戸惑いを隠せなかった。
「いいから売ってくださいよ、鬼ごろし」
そう懇願するが、南海ホークスは引き下がらない。
ゆっくりと首を横に振った。
「ダメだ」
確固たる信念みたいなものを感じる勢いだった。
インターネットで出会ったこういうお話は、夫にもシェアします。
「南海ホークス」さんが、「『ダメだ』と言った理由」を読んでいて、鼻の奥がツーンとしてしまいました。
この「南海ホークス」さんのように、距離を保って子どもを見守ってくれる大人がいて良かった。その後「南海ホークス」さんと、どの程度のかかわりが継続したのかはわかりません。
が、著者にとって、とても心に残ったエピソードなんだろうな・・・とジーンとしてしまいました。
同じような状況の子どもと出会った時、皆さんだったら、どのように関わりますか?
私が子どもの頃も、24時間自動販売機でお酒を買うことができました。
父親が遅く帰宅した後、晩酌用のお酒がないことに気づき、酒屋さんの自動販売機まで自転車を走らせたこともありました。
(だからといって、うちの父親が呑んだくれだったわけではありません。)
私自身はお酒が得意でないし、夫は吞めるけれど別になくても構わないという人です。
そういう意味では、とっても安上がりで助かっています。
お読みいただき、ありがとうございました。

