いろいろな方のお話をうかがって、勉強させていただいています。
友人が乳児院でボランティアをしている。
赤ちゃんを抱っこする、「抱っこボランティア」である。
ボランティアに頼まなくてはならないぐらい、乳児院では手が足りなくて、赤ちゃんを抱っこすることもなかなかできないのだそうだ。 法律で決められた数の保育者がいても、である。
乳児院とは、親が何らかの事情があって育てられない0歳から2歳までの子どもたちを、社会的養護として行政が面倒みるための施設である。
通常、20-30人程度の赤ちゃんや幼児の面倒を見るが、下にご紹介するビデオの大阪の乳児院では、70人の乳幼児を見ているそうである。
この騒音、阿鼻叫喚は、数の足りない保育士さんの注目を集めたくて、できるだけ大きな声で泣き騒ぐ子供たちのせいである。 こんな騒音の中で、保育士さんたちはよくイライラしないで子供たちの面倒を見ている、と感心するのである。 家庭でこのように泣きわめく子供たちは少ないだろう。 私は息子がこのように泣いている声をあまり聞いたことがない。
家庭で育てられている子供がこんなに泣く場合、よっぽどネグレクトを受けているか、虐待を受けているか、あるいは子供の発達になにか異常がある、と判断しても良いぐらいである。 これは、子供が少しでも自分に対しての注意を惹きたくて、保母さんの取り合いになっているからなのである。 少しでも大きな声をだして、自分の方を向いてもらおうという、子供の生存本能なのである。
この乳児院には、3歳になる「しゅんくん」という男児がいる。 本来、もう乳児院ではあずかれない年齢である。 実はこの子の母親は彼を手放すことに同意しており、養育の意志はまったくないため、これまでも特別養子縁組をするための努力を乳児院ではしてきたが、うまく行かなかった。 新聞にまで広告を載せたが、2歳をすぎたら問い合わせもぱったり無くなってしまったそうだ。
「日本の養子縁組を希望する人々は、子供のためでなく、自分たちのために子供を引き取ろうとする。
自分たちの家族、名前を引き継いでくれる「子孫」を求めているのだ」、とイギリス人の研究者が指摘したことを覚えている。
確かにそうかもしれない。 だから養子縁組を希望する養親は、0-1歳児を希望するのだ。 施設で何年も暮らした子供を引き取ると、実の子のように装って育てることは難しいし、長年施設にいて特定の大人との「愛着関係」をきずけなかった子供は、「試し行動」という難しい行動をとって、養親を試そうとする。 これは一見反抗的に見えるので、受け入れるのはなかなか難しいのである。
しゅん君は、食物アレルギーがあって、引き取ってくれる児童養護施設も見つからないそうで、4歳近くなっても乳児院で育てられている。 気に入った保育士さんが家に帰る時に、追いすがって「次にいつ来るの」と何度もきくしゅん君。 親だったら、自分を置いて「帰って」しまうことなどないというのに。
(動画を感謝してお借りします)
欧米では、子供をこれほど一か所に集めて養育する施設は、「オーファネージ(孤児院)」と呼んで、今ではほとんど見かけなくなった。 特に幼い乳幼児をこうした施設に大勢集めて養育することで、アタッチメント(愛着)という感情が育たず、大人との間に信頼関係を築くことができないというセオリーが広く受け入れられている。 乳幼児に対しては、里親などの決まった大人が常に面倒をみることで、愛着は育つということである。
上の大阪の乳児院でも、生後5日というような赤ちゃんが定期的に送り込まれている。 スタッフはシフトの交代制で勤務するため、新生児であっても一人の乳児に同じ保育スタッフが24時間365日そばにいるわけではない。 また、2歳になれば、普通は乳児院をでるため、なついたスタッフともそこで別れなければならない。 これは子供の情緒発達・成長に良いわけがない。
それはわかっていても、実親が生きていて親権を持っている以上、実親の希望が子供の福祉に優先するのが日本である。 どんなに虐待をしていて、親子分離の裁判命令がでて、乳児院で子供を育てている場合でも、2年後に実親が引き取りたいと言えば、そして親が反省していると言い、暴力などの恐れがもうない、ということになれば、実親のもとに子供は返すことになる。
大阪のこの乳児院では、2歳になった時、1/3は実親の元へ返し、1/3は里親さんにあずけ、1/3は養護施設などの大きな施設へ入れるということだ。 里親とは、養子縁組ではなく、家庭的環境で子供を社会的養育する福祉のシステムである。 イギリスなどでは、里親養育が9割近くで、施設は特別な事情を持つ子どもしか預けない。 が、日本では、虐待をする実親でも、自分で育てる気のない親でも、「里親は、子供をとられてしまうようで嫌だ」と言い張るケースが多く、親の意向が子供の幸せに優先するのである。そうなると子供は18歳になるまで施設で育つ、ということにもなるのである。 また、日本は欧米に比べて里親になり手も少ないのが現実である。
この乳児院でも子供の寝かせつけの場面で、一人の保育スタッフが5人の幼児の背中を、順番に触って寝かしつけようとしているが、ひとり0.5秒ぐらいふれるのみである。 母親が一人の子どもを胸に抱いて子守歌をうたって寝かしつけることを考えれば、この5人の幼児たちは本当にかわいそうだ。まだ1歳、1歳半ぐらいの子供たちなのだ。 乳児院で抱っこボランティアさんが必要なことがよくわかるのである。
しかし、本来赤ちゃんは母親の匂いをかいで、安心して眠りにつくという。 乳児院では寝かしつけのたびに、違う大人が来て寝かしつけてくれるのでは、いつも母親の匂い、声を聴いて安心する赤ちゃんたちとはおおきく環境が違うだろう。
乳児院に子供を預ける母親の中には、風俗で働き、だれだかわからない客の子どもを産んでしまう若い女性もいる。 その女性は、自分の家庭で母親のボーイフレンドから性的虐待を受けて家出をしてきたかもしれないのだ。 「日本では、風俗が福祉の受け皿になっているのか」と英国人研究者からきかれたこともあるが、Yes, と答えたい衝動にかられた。
家庭にいられなくて逃げてきた女子が保証人もなしに初日から仕事をし、すぐにお金をもらえて、すぐにマンションに入れるのは、風俗ぐらいだろう。 そういう女子が堕胎の知識も、お金もなく、赤ちゃんを産んでしまった、そしてその子は生後5日目で乳児院に送られてきた、というケースだってあるのである。
本当は、父親のわからない子供を産んだ母親だって、仕事や支援があって、ちゃんと自分で育てられるように社会の仕組みができていれば、赤ちゃんのためには一番良いはずである。 泣きながら子供を手放す母親だっているのだ。 母親を責めることは簡単だが、生まれてきた子供にとってどんな環境が一番か、それを皆で考えられるような社会であれば良いのに。 せめて生んだ後2年は、そういう母親に手厚い支援をできるような福祉があれば。 あるいは子供の福祉を最優先すれば、親の意向はどうであれ、早い段階で養子縁組を勧めたり、里親に預ける養育の手続きを進めるのだ。
虐待を受けて、頭蓋骨にひびの入った赤ちゃんも連れてこられる、と乳児院のスタッフの一人が話していた。 乳児だって、自分が愛されていないことは感じるだろう。 じゃけんにされ、放置され、傷つけられて他人の手にゆだねられるのである。
2歳を過ぎても、4歳近くなっても、パパとママになってくれる人をずーっと待ち続けているしゅん君はどういう大人に育つんだろうか。
乳児院のスタッフが、手作りのお弁当を持たせて、幼稚園まで送り届ける。 親ではなくとも、せめて彼の健やかな育ちを願う大人がそこにはいる。 それでも、やはり、彼一人のことを見守り、彼一人に注意を向けてくれる大人がいないことは、彼の成長、発達に様々な影響を与え続けるだろう、これからも。
大人になるまで乳児院にいることはできない。
彼の求める、パパ、ママになってくれる人たちは現れるのだろうか…。
本当は親が虐待をしないよう、予防できる社会であることが望ましいのだ。 そして虐待がたとえ始まってしまっていても、それがエスカレートする前に支援の手を入れて、子供が親元でも安全に暮らせるようなシステムを構築するべきなのだ。
そうすれば、しゅん君のような子供たちは少しずつ減っていくかもしれない。
児童養護施設には2018年度現在で25000人以上の子どもたちが暮らしている。 そのうちの7割近くが、虐待を受けて親と分離させられている子供たちである。
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