いろいろな方のお話をうかがって、勉強させていただいています。

 

 

周産期ボンディング障害を知っていますか?

以前、ボンディング障害に関する雑誌を紹介しました。

 

雑誌本体は持っていないのですが、コピーを入手しました。

記事の内容をすべて書き起こすのはマズイと思うので一部抜粋を。

 

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誰かに「こどもを育てることはできない」「こどもはいらない」と

いえること、それがその女性と子どもにとっての

大きな前向きのアクションであり、

特に無力な存在である赤ちゃんにとっては、

この親の行動が自分の生死にかかわる大きな出来事となる。

 

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社会的養護の子どもたちに限らず、私たちの生活でもありうることです。

困っているときに、「困っている」と声に出しづらい、出せない。

そんな経験はありませんか?

そして「困っている」と訴えても、「知らんがな」とスルーされたことはありませんか?

私はそれを経験してから「助けを求める」ということが、しばらくできませんでした。

すると今度は、「助けを求めないほうが悪い」とばかりに、責められました。

その後は・・・思考停止となっていました。

 

振り返ってみると、助けを求める相手を間違えていたのかなと思ったり、

相手も余裕が無かったんだろうな、タイミングが悪かったかなと慮ったりすることもできます。

もう少し違う表現の仕方をしていたら、相手の反応も違っていたかも、と思ったり。

でも、当時は「どうせ誰も助けてくれない」と自分の殻を厚くしていたように思います。

 

今は年齢を重ね、おばちゃんと呼ばれることにも抵抗がなくなり

助けを求めることも、頼まれてもいないのに手をだすという厚かましさも出てきました。

でも若かった当時、相手を慮る余裕が、私にはありませんでした。

 

 

社会的養護や社会福祉について学んでいると

「『もう関わらないで欲しい』という人ほど、助けが必要な人」ということが

わかってきます。

 

児童福祉を主とすると、

そこには「こどもの課題」だけでなく「親の課題」、「親(大人)の見栄や虚勢」があったり、

(他にもいろいろな要素があるのでしょうが)

明確な拒否・あるいは暴力的な拒否に介入していくことは簡単ではありません。

関係性を作って、心の内を見せていただくのは根気の要ることです。

そういう意味では、児童相談所の職員という仕事は、

対象者の方と友好的な関係を築くというのは、なかなか骨の折れる仕事でしょう。

 

 

「他人に頼りたくない」と思っている方へ。

何かで読んだのですが

「助けを求めること」は「相手を助けること」だそうですよ。

人助けだと思って、たまには人に頼ってみませんか?

 

1回でうまくいったなら儲けもの。

うまくいかなかったのなら、別の相手を探しましょう。

はたまた、タイミングが悪かったのかも。

すぐに結果は出ないかもしれないけど、

きっとあなたを助けてくれる人がいます。

 

 

 

私が乳児院や児童養護施設で出会った子どもたち。

みんなが困るような状況になったとしたら。

おんぶに抱っこはできないけど、一宿一飯なら提供できるかな~。

ずっとは無理だとしても、1週間くらいなら我が家で面倒見るかな~。

自立後に困っているのなら、生活保護の申請とかなら同行できるかな~などと

考えてみます。

もちろん、そのためには、あの子たちとの関係性が出来上がっていないとできません。

そして、支援をするからには経済的な裏づけも。

いろいろやりたいことが出てきました。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

いつも拝読している「どなさん」のところからコピペしました。

里親さんが心折れずに子どもたちの支援を継続できる体制を望みます。

特別養子縁組をされた方へ。

あなたのお子さんのように、御縁を結ぶことが叶わない子どもたちがたくさんいます。

御縁を結べないのであれば、せめて育ちをサポートしたい。そう願っています。

虐待などで親と暮らせない子どもたちを、長期的に支援できる里親制度に改善してくださいココ←クリックしてください