いろいろな方のお話をうかがって、勉強させていただいています。

 

 

乳児院~児童養護施設で育ったという方のお話を聴く機会がありました。

詳細はここに記すことは出来ませんが、個人的に気になった点をピックアップします。

 

 

 

自分のアルバムには、誰かと一緒にとった写真が少ない。

児童養護施設に行ってからの写真は、それなりに人と一緒に写っている。

施設での外出イベントや、施設の仲間との生活場面も写っている。

 

小さい頃の自分の写真。

とっても幼い自分が写っていて、おそらく乳児院にいたときのもの。

着衣や周囲の飾り付けを見ると、

「どうやらクリスマスのシーズンだな」とか、

「○○に行ったときのだな」ということはわかる。

・・・でも、どの写真を見ても自分独りしか写っていない。

 

乳児院時代の記憶はもちろん無い。

自分は乳児院にいたとき、誰かに可愛がられていたのだろうと思う。

自分自身の成長もわかる。確実に顔は自分のもの。

でも、

「これでは証明写真と一緒じゃん」

 

 

私も乳児院や養護施設でボランティアをしていて、

保育士さんたちがせっせと写真を撮影している様子を見てきました。

写真撮影はお正月の晴れ着を着たり、豆まきといった行事のものや

ふだんの園庭で遊んでいる時や、

お散歩で外出した時のスナップ写真です。

 

 

「写真を撮るので避けてください」と言われたことは無かったけれど、

撮影するときは皆、身体を引いていたので

なんとなく写っちゃまずいんだな、と

なるべく写らないように避けていました。

 

 

私の知人で、虐待サバイバーの方がいます。

その方も同じようにシーンを切り取られた写真を持っている人でした。

違うのは、その方の写真は虐待をした「父親だけ」が切り取られていました。

(見せてもらったことがあります。)

 

 

まだ幸せだったであろう赤ちゃん時代のかわいい写真。

両親に抱っこされて、写真館で撮った写真でした。

でも、父親の部分だけが手でビリビリに千切られています。

DVも受けていたという母親が徹底的に家中全ての写真を切り取ってしまったので、

その方にとっての「父親」は記憶の中にしか、いないのでした。

(虐待を受けた「記憶」について、研修に参加してきました。その話は別の機会に。)

 

高齢になった父親の訃報を受けたとき、

その方は既に成人しており「ようやく死んだ・・・か」と話していました。

父親の訃報を知っても、お墓参りに行くことを拒否していました。

数年たち、ようやく海を渡ってお墓参りにいきました。

遺影の父親を見ても、「これ、誰?」とピンとこなかったそうです。

 

父親が最後を一緒に過ごした他の御家族(再婚していた)から、

「父親」の若いときの写真を見せてもらいました。

 

「ああ、そうだ。こういう顔だった。」

記憶の中の父親とつながったそうです。

 

それから父親の生活歴をたどるように写真を見せていただき、

「父親が好きな○○は、自分も若いころから好きだった。」

そんなふうに自分と父親との共通項を見出して、不思議な感覚だったそうです。

 

 

 

Aさんの母親にしてみれば、DVをされて思い出したくも無い過去でしょう。

でも、それでもAさんにとっては自分の父親の記憶/記録。

「母親」が情報コントロールをしてしまえば、「こども」はどうにもできません。

これは養子・里子・実子に関係なく、

すべての養育者が心しなければならないことだと思います。

 

社会的養護について学んでいるうちに、

大人としての役割について、いろいろと考えるきっかけになりました。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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