感動のない銀メダル 日本男子体操





ロンドンオリンピックたけなわ。
日本が比較的得意にしている競泳や柔道などが連日放映されてますね。
もちろん、男子、女子のサッカーやバレーボールの応援にも力が入ります。
ところで…
昨夜、というか今朝の男子体操団体戦…観ましたか?
ワシは結局最後まで観てしまったひとりです。
裏でやってる柔道では、今夏初の金メダルが日本に、とか、
競泳陣が銅メダル3個連発~といった明るいニュース。
なのに金メダル最有力と思われた男子体操団体は…
予選と同じく、落下・転倒などミスの連続。
コンディションのよさを謳っていた布陣とは思えない実技でした。
思えば予選第1発目の田中兄弟、兄の落下から
すべては狂い始めたと思います。
チームのキャプテンだとか、オリンピック初出場とか、
金メダルへのプレッシャーとかいろいろだと思いますが、
本人の実力どころか無難な演技からも程遠いビビりよう。
その後もすべてミスの連続。なのに日本チームはこの田中(兄)を
各種目の先陣として使い続けました。
仲間を勇気付けるためか、自分にプレッシャーを与えないためか
ビビった笑顔が哀れでした。
動物の世界でもそうですが、人間世界でもこの「男のビビり」は
見てるものによ~く伝わるもんです。
オトコは相手のそうゆうことにとても敏感。
テレビじゃなかったら、「恐怖の匂い」まで感じるほどです。
以前にも書きましたが、
完全なリラックスといい緊張は抱き合わせ。
いい緊張感は、実力以上の力を与えることがしばしば。
というのはその半分は「集中力」、そして半分は「無心」なんですね。
しかし田中にはこれが実施前も実施中もまったく感じられず、
終わった後の安堵のため息ばかり目立ちました。
実施の美しさをホメ続けた解説者とアナウンサーですが、
じつは数え切れない小さなミスと、キレのない演技だったのです。
ミスを最小限に抑えたという精神力の強さ、というコメントも多かった。
しかし、オリンピックで金を争う一流選手なら、
厳しい言い方ですが、それは当然と見るべきでは?
それよりも、ミスを重ねる精神力の弱さのほうが問題です。
彼は結局立ち直ることなく、決勝の最後の種目までチームの足を引っ張りました。
この人を皮切りに、残念ながら、今回の日本チームの緊張感は
ミスをしたくない、したらどうしよう、しないといいな、というネガティブな緊張感に
徐々に変わっていったように思います。
ひとり内村だけは、「オレがやってやる」という力みとなり、
かえって精彩を欠く結果となりました。
ひとりの天才の、ちょうどよく張られた緊張の糸は、ここでプツリと切れました。
得意の鉄棒が第1種目であったにもかかわらず、予選で落下。
ここ何年かで彼の落下を見たのは初めてです。
こうなると運も味方してくれず、
決勝最後の内村の実施中には、会場がすごい騒ぎになるという悪条件。
自国のイギリスがメダル獲得を確定させた瞬間だったからです。
オリンピック参加基準にも達していなかったチームだったので当然の喜びようです。
雑音が聞こえてしまう精神状態で、内村はまさかのフィニッシュ失敗。
そして『日本、メダルを逃しまさかの4位』という発表。
これは採点への抗議が功を奏し、得点が修正されて辛くも2位に浮上。
3位がヌカ喜びだったウクライナはかわいそうでした。
内村は「後味の悪いチーム戦だった」とひとこと。
他人はおろかチームメイトのせいにはもちろんしませんが、
それでも何か歯車が狂ったことへの苛立ちと失望は隠せませんでした。
個人競技でも団体である以上、他の選手からの流れの影響は絶大です。
自分でも学生時代テニスでの団体戦を経験してるので
この流れの重要さがまったくわからないわけではありません。
彼は予選のあとで、「何でこうなったかわからない」というようなコメントをしました。
勝ちに不思議の勝ちありと言いますが、負けにはすべて理由があるそうです。
試験などが終わった後に「よくできた」「できなかった」「わからない」という印象。
「できなかった」なら課題が見つかるし、「できた」ものは忘れやすい。
しかし最悪なのは「わからない」です。
これは問題に対し、その正答も、原因もわからないということ。直しようがないのです。
内村のコメントを聞いて、ほんとに今回の試合は、
(メディアへの強気の発言とは裏腹に)
いかに彼の精神が乱れていたかがわかります。
オリンピックに出てくる以上、上位選手の実力にはほとんど差がありません。
なにが勝敗を分けるかといえば、もうほとんど精神力です。
うまくいっているときに、実力が出せるのは天才でなくても当然。
これは仕事でも同じですよね。
人間の本領が見えるのは状況的にツライ時。
でも日本チームだけにツライ状況が来たわけではないと思います。
たとえば予選6位だった中国の金メダル。
彼らの回復力の強さと、国民性でもある自信には、ほんとに感心しました。
精神にも柔軟性があるということですね。
筋肉の質でよく言われることですが、
見かけは男らしくかっこいいと思われる、固くパンパンに張り切った筋肉より、
よく伸び縮みする筋肉が、運動能力には大切と言われます。
精神性も同じことかもしれません。
残念ながら日本男子体操チームには、いやすべての日本のスポーツ選手に
この精神力を鍛える練習が必要でしょう。
チーム内でひとり、淡々とやるべきこと以上のことをこなし、
高得点を重ねていった18歳の加藤遼平は、
精神が強いというか、4年前の溌剌とした挑戦者だった内村の姿を彷彿させました。
一方、「銀でも4位でも(金でなければ)同じこと」と内村は言いましたが、
ここに彼の挑戦者としての謙虚さはなく、おごりが感じられました。
目標の崇高さは大切ですが、最悪の事態を免れたことへの感謝も必要でしょう。
これに気づいてまた技をさらに極めていってくれることを祈ります。
大事なのはメダルの色ではなく、力を出し切ったかどうか。
アマチュアスポーツではほんとの満足感を得るにはこれがすべてです。
後々の周りの反応は段違いなので、徐々に満足に摩り替わりますが、
ベストをつくさず取れた金より、自己ベストを出した胴が誇らしく感じられる。
それが選手としての本当のカタルシスであり、向上へのモティベイションなのです。
辛口ばかりのブログとなりましたが、
日本男子のビビりやすさは、なんとかするべきというのがすべて。
若いうちは特に、ガムシャラになることがカッコ悪いと思いがちで
うわべのクールさを装うのがうまい子が多いですが、
そんなものはスポーツにも仕事にも不要。
はっきりいって本人たちが思ってるほどカッコよくもありません。
観ていたこちら側も「感動のない」銀メダルでした。
内村が個人総合の前に気持ちを切り替えて
本来の演技を見せてくれることを期待したいです。
追記・
それにしても、いつもの機械仕掛けのような選手たちでなく
やはりミスの連続だった中国チームが、これほど近く感じたことはありません。
金メダルを自滅の形で逃した日本チームにはほんとに失望しました。
同じことがアメリカチームにも言えますね。
もうひとつ、
チームワークを「傷の舐めあい」のように捉えているようだったこと。
上辺の励ましあいや笑顔の交換よりやることが他にあるだろう、という感じ。
個々が強くなくても通じるそうした『チームワーク』など、
このレベルの大会では無意味。
これは選手だけでなく、特にメディアが誤解しているように思えました。
「みんな仲良く」をどこまでも浸透させないと気がすまないんですね。
これだけは日本人特有の気質のように感じます。
じゃないとすぐ村八分だもんね:p