怒りの代償(Price of Rage) | 英語は度胸とニューヨーク流!

怒りの代償(Price of Rage)

$英語と度胸はニューヨーク仕込みでぃ!


先日シャイネスさんのブログでショッキングなことを知りました。
ご友人の東電の検針委託員である方が様々な嫌がらせに遭っているということです。
心無いバッシング便乗型の人たちの犯行でしょうが、お気の毒です。

避難地域になってる方はもちろん、その周りの方や農業、漁業を営む方たちの被害と心痛は連日報道され、
ワシらも同情以上の気持ちでいっぱいです。
もし避難所生活が輪番制だったら、ワシも進んで彼らに代わって避難所での生活受け入れたいです。
でもそんなことは許されないでしょう。

日本の原発は世界中から安全とされていて、その道のプロも地震前までは警告することを考えなかった
多重の災害対策されたシステム、それが未曾有の地震と津波による事故です。
毎日肉体的な危険を冒し、精神的に追い込まれながら、やっと賠償仮払い手続きにこぎつけた東電社員に、
罵声を浴びせながらお金を受け取る手続きに来た方々のテレビでの映像は残酷なシーンでした。

被害に遭われている方々は、この事故の収束の見通しのなさ、それ以前の津波での被害など、精神的に
追い込まれてると思います。そのすべてを東電社員やその関係者たちにぶつけたい気持ちもわかります。
テレビでも被害者、被災者、悲話をいろいろ後押ししてくれています。
本来なら大自然に対して怒っても仕方ないとあきらめられることが、怒りの対象がそこに立って、
頭を下げているので、気は大きくなります。
でもここで同じ人間である彼らを我先に罵倒するのは、世界がほめている日本人ではないし、ましてや
陰で明らかに犯罪行為といえる報復措置を、事実上関係ない人にやっていいわけではありません。

NHK側の伝え方なのかもしれませんが、謝ってる人間たちは、個人的なミスを犯したわけではなく、
ともに被災者です。賠償額がこれから膨れ上がり、たぶん東電は破産か更正法に基づく国の援助を
受けることになるでしょう。我々も税金から賠償の分担ををすることになります。
賠償を受けることができる人たちには、今は怒ることと責任追及を何とか分けてほしい、
そんな願いでいっぱいです。

パーWait ! I haven't finished YET. ダウン

最近、オフィスのそばに住んでいる方からすごい剣幕で苦情を言われました。
ワシのバイクがごみ置き場のそばに停めてあって邪魔だと言うのです。
自分としては他の自転車に倣って停めたつもりでしたが、甘かったようです。
そのおじさんはすでに何度か言おうとして、何度かガマンしたんでしょう。
こちらはそれに気づかず、思慮も足りないせいでガマンさせていたのかもしれませんが、
邪魔だと思った時点でそこには停めないでほしいと言ってほしかった、と言いました。

日本ではこういう方がすごく多くて、少しはガマンしようとするんですが、結局2,3回目には
ガマンしてることに腹が立って、相手に言うときにはけんか腰になっているんですね。
こちらにしてみれば寝耳に水。
どうしてこんな失礼で居丈高な言い方を、知らない人間からされるんだ、と思う。
そう思うだけでなく、カチンときます。
こんなシーンが電車内でのヘッドフォン騒ぎや、他のマナー違反している人にも起こっているんでは、
とふと考えました。
何度かガマンする。同じ人に対してではなく、いろんな人や物事に対してガマンできなくなったときに、
悪い順番にあたった人はそれまでの鬱憤を全部引き受けることになります。

これがNYなら
Yo, could you not park your bike here? It's blocking the way.
Oh, I am sorry, didn't notice that. Any idea where I can park this?


(おい、ここにバイク停めないでくんないか。邪魔なんだよ)
(あ、すいません、気づきませんでした。どこか停められるとこないですかね)

こんな会話が想像できます。美化ではありません。相手も冷静な時なので、失礼な言い方もしないだけです。
コレは社会的にも我慢するべきことではないし、気づいたらとりあえず注意するのが普通。
これに対して失礼な言動を相手がすれば、そこからは言い合いが始まるでしょう。

ワシに怒ったおじさんの場合は、最初は見逃そうという仏心が仇になったのかもしれません。
そこに恩着せがましさがすでに発生します。その思いでまたガマンする。でも相手はやめない。
そこで爆発するのです。最初はガマンしてやってたのに…って。

おじさんの中での言わば一人芝居が進行して、急に加害者として自分が舞台に登場させられます。
言われたこっちもショックです。迷惑かけてたこととそれに気づかなかった恥ずかしさ。
それと目の前で震えながら怒ってるおじさんを見たことが。

ワシの中でのモットーが、飲んだら乗るなだけではなく、どうせ言うなら我慢するな。
ガマンするなら言わない覚悟をしろ、です。
でなければ我慢は無駄な努力だし、誰も幸せにしないと思います。

今回の震災をきっかけに、海外から日本人のガマン強さが讃えられています。ガマンは美徳です。
でも自分の中に受け入れられない我慢なら、その必要をなくす努力も大事です。

これってたんに迷惑とか被害とかだけではなく、男女の関係でも、親子や友人でも同じだと思います。
傷は擦り傷ならバンドエイドで済みますが、膿むまで待つと抗生物質や手術といった大げさなことに
なります。ワシは実生活ではそういうドラマが好きじゃないのでバンドエイドを使います。

このおじさんには駐輪場所を見つけてから改めて謝りましたが、自分の怒りに当惑したのか無視されました。
怒りって言うのは、爆発させてスッキリするものではなく、こういう後味の悪さも怒った人自身に残す
ことになるんですね…。