なんて今日は憂鬱なのだろう。

スクルージ・マーレイ商会の扉の釘のような気分だ。
昨晩、会った女の子のせいだ。

その子は、僕が好きだった女性にあまりにも似ていた。
年齢も同じ、名前も一字違いだった。
身長は若干高かったが、その顔、特にその横顔が似ていた。
小さくちょっと上向き加減の鼻の曲線と、華奢なつくりのアゴのライン、
薄紅色の少し突き出しながら話す薄い唇、人の視線を避けるよな内気な瞳。

それらは僕に古い記憶を呼び起こし、心の疼きを感じさせずにはいられなかった。
いつもなら楽しく酒を飲む会合で、僕は一人沈んだ気分になっていた。

「どうかしました?なんか顔色が悪いですよ。」


「そうかな。」
 

「ええ、気分でも悪いの?」
 

「いや、ただ泣きたくなったんだ。」
 

「え!?」

 


僕は正直に”その事”を話した。

「そうだったの…。でも、私も2ヶ月前に彼と別れたばかりです。ドライブして鬼怒川に泊まって、その帰りの車でケンカして、それっきり。」


「ずいぶんと、あっさりしてるね。」

ちょっと皮肉っぽく僕は言った。
 

「自分でも、そう思う。冷たいしドライだと。でも女は多かれ少なかれ、そうじゃないと前へ進めないのよ。」
 

まるで台本でも読むように抑揚を欠いた口調で彼女はそう言うと、グラスに入ったビールをあおった。

「ねぇ、自分達の意に反して別れなければならなかった関係は別なんだ。努力して忘れることなんてできやしないんだ。長い時間をかけて、記憶が薄れていくのを、ただ待つしかないんだよ。」

「そうね、そうかもしれない…。」

彼女が遠くを見るような目で言った。
 

そして、ふたりでしんみりとお酒を飲みながら、それぞれの別れ話しを語り合った。

「ねぇ、このまま…。」
ふいに、彼女がそう言った。

「僕は、君の彼氏とは似てないぜ。それにきみのせいで、僕は今晩、枕が絞れるほど泣かなくちゃならないんだ。」と、僕は笑って言った。
 

俯いていた彼女は、ふふっと笑って、
「そうね、それじゃ彼女がかわいそうだものね。」と言った。
 

「彼氏だってかわいそうだよ。」僕が付け加えた。

彼女が僕の顔を見た。

枕が絞れそうなのは、彼女のほうだった。