その子は、僕の祖父の家の隣りに住んでいた。

子供の頃、夏休みになると僕はよく一人で祖父の家に泊まりに行っていた。
当時彼女は僕と同じ小学5年生で、東京からこの田舎に引っ越してきて間もなかった。

ショートボブの茶色い髪、丸顔で色が白く、少し切れ長の目が、どこか年齢よりも大人びた雰囲気を漂わせていた。

祖父の家の居間のソファーに向かい合って座りながら、彼女とはよくいろいろな話しをした。それは、その当時の小学5年生が話す他愛もなく無邪気なおしゃべりだった。それでも、朝、彼女が遊びに来ると午前中くらいはずっと二人きりで過ごしたし、時には、昼食をはさんで、午後も話していた日もあった。そういう日は、少し心配になった彼女の母親が、夕方に迎えに来てようやく終わりになる事もあった。今思えば、話しのスジも内容も思い出せないものばかりだったし、よくもそんなに話しが続いたものだと思う。

その日は、やけに暑くて、異音のする首振りの不安定な扇風機を最強で回した上、ウチワで扇ぎながら、僕達二人は、冷えた砂糖入りの麦茶の置かれたテーブルをはさんで、いつものようにおしゃべりをしていた。

「なんて今日は暑いんだろう。プールでも行こうよ。」


「やだぁ。私、こんな日に外で遊んだら、まっかっかになっちゃって、その後、タイヘンな事になっちゃうわ。」


「ふうん。それじゃ、怪談がいい。きっと涼しくなるよ。東京の君の住んでいた近所に幽霊のでる場所があったじゃないか。その話しをしてよ。」
 

「別に、そこ、そんなに怖くなんかなかったわよ。だって、昼間しか行った事ないもの。」


「なんだ、それじゃ話しにならないな。」

仕方なく、僕は知っている限りのコワイ話しを彼女にした。
彼女は、真剣に聞き入って青くなったり、そんな話しはウソだといって真っ赤になって笑ったりした。僕はそれを面白がっていたのだが、そのうちふと気がついた。

彼女は、ソファーの背もたれに寄りかかって僕の話を聞いていた。
淡いブルーのワンピースのスカートから、彼女の白い両足がのぞいていた。
それは、とてもカタチの良い足で、長く優美な線を描いて床に接していた。

別に足のない幽霊の話しをして、あらためて確認したワケではないのだけれど、その頃の僕にとって、女の子の足を意識した事など、それまで一度もなかった。その足が、なんとなくモジモジとして、行き場がないように動いた。その時、僕はそれまで感じた事のない感情に捕われ、話すのをやめ彼女の顔を見た。その上、僕の視線は彼女の少し開いた赤い唇に注がれ、動かなくなってしまった。彼女は、はっ!としたような表情を一瞬した。そして困ったように、僕の顔を見返した。

気まずさを覚えた僕は、何とかもとの雰囲気を取り戻そうと、前にも増して話し始めた。彼女も、それに協力しようと努力した。しかし、あの屈託のない二人の世界はもう戻っては来なかった。



彼女との再会は、高校生になった頃だった。
彼女は小学校5年生の頃に感じた可憐さのままに美しい女性になっていた。


あの時、何を考えたのか僕は尋ねてみたい気持ちになったけれど、結局、気恥ずかしくて、それを聞く事はできなかった。

けれどきっとあの時、二人は同じ気持ちを抱いていたのだと、僕は思っている。

”大人の階段”を昇るには、僕達はあまりに幼すぎたのだった。