「準備は万端、仕上げをごろうじろ。」

冬の老人たちが、僕達にしわがれた声でささやく。

「冬は必ず訪れるのだ。コレは避けるコトのできないイベントなのだ。それにどんなに凍てつく冬でさえ、爛熟たる春はいずれ訪れる。増して咽元過ぎれば何とやら。いかなる惨劇でさえ、勝利の美酒を口に含めば、世々語り継がれる神の栄光となるのだヨ。諸君。」

僕はいつものように朝目覚め、朝食をとり新聞を読み、TVのニュースを観る。
いつもと変らない記事にニュース。聞き慣れたフレーズ。時の話題も約束通り。

でも何かが昨日と違っている。それが何なのか、僕にはすぐにはわからない。

ふたつの国の元首が微笑み合いながら握手を交わしている。
新聞もTVも、ソレを明るい展望が開けたと評価している。
昨日まで口汚く罵り合っていたはずなのに・・・。

何かが微妙に狂い出し、バランスを欠き始める。
僕の背後で、暗く重い足音を立てながらそれが動き出すのがわかる。
次第に新聞の活字が消え、その何かが表れ始める。TVのニュースキャスターの瞳がなくなり、今までとは違った口調で語り出す。

「諸君、戦争だ。ここへ集い武器をとれ。美しい軍服に身を包み、整然と並ぶのだ。
カカトと高くあげ、軍靴を高らかに響かせよう。愛する者のために国を守れ。最後の一滴まで血を捧げよ。そして、完膚無きまでに敵を殲滅するのだ、諸君。」
 

最後に真っ赤な唇がニヤリとゆがむ。

誰も僕には教えてくれない。
暗い海で、はるかな上空で、この星の裏側でさえも、それはもう始まっていると言うことを。人々の運命を絡め取る巨大で冷酷な歯車が、まるで悪鬼が放つ暗い雄叫びのような音をたてながら、ゆっくりと着実に動き始めていることを。

言葉も通じない、まだ出会うこともない人々よ。
遠いきみたちの国はどうだろうか?

僕達は、何かを信じる意味を、もう一度問い直してみようではないか。

いかなる異論の果てでさえ、多くの人生を歪め、未来を生贄にして、

僕達が傷つけ合う必然など、これぽっちもないのだから。