「あそこの店は出るんだよ・・・。」

「おい、税務署の話しじゃなかったのか?」

「だからさ、その話しだよ。」

レストランを経営している友人の元に、突然税務署員が来た。
「こんな、不景気の中でも儲かっているんだな。」
と僕が皮肉交じりに言うと、

 

「違う。」と、彼はきっぱりと言った。
 

そして、「ウチの店で修行していたヤツが、店を持ちたいと言い出したんだ。だから、オレのあの街の店舗を譲ったんだよ。それも格安でね。」

「ふうん。」よく理由がわからず、僕は曖昧に相槌を打った。

「でも、ソレが格安なのは訳があったんだ・・・。」

それが、”幽霊”だったのだ。

彼のハナシによると、僕も食事をしたことがあるその店には、夜な夜な人間ならざる者が出没するのだと言う。

彼自身は見たことはないらしいが、彼のスタッフが何度か遭遇している。

それはお客がみな帰り、閉店しているにもかかわらず、廊下を行き来する足音が聞こえてきたり、消灯した店の奥のテーブルから、ひそひそと話し声が聞こえてきたり、店には誰もいないのに、厨房から客席を見ると、レジの前を何者かが通ったりと、不可思議な現象が頻繁に起きたのだ。

それぞれのハナシを総合してみると、幽霊は一体で、背の高い壮年の男のようだ。
カーキ色の、まるで戦時中のような服装をして、足にはゲートルまで巻いていた。おおよそレストランと言う場所のドレスコードではないようだ。

「あまり、気持ちのよい話しじゃないな、と思っていたら、ヤツが独立したいと言い出したから、一応その旨説明したんだ。でもそれでもいいと言うんだ。だけど、通り相場ではオレの良心がうずく。だから取得した時の何分の一かで譲ったんだ。そうしたら、税務署が調べに来たんだよ。オレの行為は譲渡に当たると言ってさ・・・。」 
ため息をつきながら、彼は言った。

厳しい時代に船出していく弟子のために、ある意味、好意として行ったコトであったのだけれど、科学的立証の不可能な事例だけに、署員への説明は困難を極めたらしい。

さて、そこのアナタ。如何だろうか、幽霊とディナーは?
味は僕が保証するけれど、落ち着いて食事ができるかどうか・・・。

何と言っても、カレは歩き回るのが趣味のようだから・・・。