ども、おなかがすいてしかたがない私です。

昨日から大学の図書館がやっと開館したので、閉館時間までたまりにたまりまくった課題をやっていました。室温が外気温と大して変わらないアパートではどうもやる気が起きなかったので、本当にはかどりました。明日も明後日も行きます。

今日は、帰ってきてから救急看護のブログを自分用に更新しようと意気込んでいたのですが、眠いしおなかはすいているし、それにおなかがすいているせいで徐々に意識を失いそうな感じなので、途中であきらめました。

まさに、自分が切迫するD状態です。わけわかんないですよね。いいんです。わけわかんないブログだし、私もわけわかんないですから。

…まぁそれは冗談として、「切迫するD」というのは本当にある用語なんです。Dは意識レベルの評価のことです。頭部外傷を負った患者さんでは、直後は意識が清明でも、時間が経つにつれ徐々に意識レベルの低下がみられることがあります。そのため「切迫するD」といいます。厳密にはちゃんと定義があるんですが、それはここで書いても何のこっちゃわからんのでやめます。あ、ちなみに外傷診療におけるABCDは通常の心肺蘇生法のABCDとは意味合いが異なります(CPRにおけるDはDefibrillationつまり除細動です)。

とりあえず、自分の意識レベルを元に戻すために今からコンビニに行って何か食べるものを買ってきます。

それではまた。
ある人に怖いと言われた。

ちょっとショックだった。

きっと、私が熱弁を振るっていたからだろう。

私は冗談半分に「私はいつもやさしいやろ~」と言ってみたけれど、内心では落ち込んでいた。周りにそんな風に見られていたなんて…。

自分が真剣に考えていることを話すと、周りには「こわい」とか「うっとうしい」と思われているのだろうか。

こんな私っておかしい?

もう他の人に自分の考えや夢を話すのはやめようかな…。
ども、あけましておめでとうございます。ヒッキーまっしぐらな私です。

ぜんざいを作りすぎてウエストがかなりヤバめです。

看護系のブログをいろいろ見ていたら、ちょっとどうだかなぁという記事に遭遇しました。

その人は実習指導者のようでした。

病棟で突っ立っている学生に対して(直接は言ってないみたいだが)、「突っ立ってないで情報収集するなり、患者さんのところにいったりすればっていうか、邪魔だし」みたいなことを書いていたり、また看護計画で実施したことの評価が翌日の計画修正に生かされていないだとか、何でも「はい」しか言わないだとかそういうことが結構書かれていて、なんだかなぁと。

あのさ、言いたいことはよくわかるし、言ってることは決して間違ってはいないですよ。それに私もそういうこと思わなくもないけどさ。看護計画云々はいいとしても、指導者が学生に対してそんな態度じゃ学生ビビって何もできんし、わからんことがあっても聞けへんやろ。学生が何をしたらいいかわからないようだったら、指導者が一言声かけてあげたらいいやん。

つーか、あんた何様よ。

あんただって、学生の時ちゃんとできたんかよ。自分のこと棚に上げて学生に対して小姑のように接するのはよくないよ。

まぁその人も、学生だからできないのは当たり前だとは思っているだろうけど。

その人は、就職してからその子たちが困るから厳しくしてるみたいなことを書いていたが、今の時期にそんなに厳しくしても学生は実感もてへんし、ただ、怖い指導者という印象しかもたへんのとちがうかな。

別に褒めちぎって持ち上げろとは言わないが、必要以上に怖がらせたりびびらせたりするのと学生がどこまで学習しているのかとか力量などをきちんと把握した上で指導するというのでは全く違うのではないか。

その学生たちだって、就職したら否応なく仕事をする上での姿勢を教えられるだろうし、そのときになってナースとしてのあるべき姿が見えてくると思うんだけどね。だから、指導者が老婆心から「学生のうちから看護師としての心構えを身につけさせよう」なんて考える必要はないような気がするのだが…。

どんなことでもそうだが、人から言われたことはすぐに忘れていくけれど、自分が身を持って体験・経験したことから学んだことはずっと後になっても残っているものだと思う。

私がもし今後学生を指導することがあれば、学生が話しかけやすい雰囲気を作るよう心がけようと思います。

最後にそのナースに一言。

もっと指導方法を文献などで勉強してから指導してください。私はあなたみたいな指導者には指導してもらいたくありません。

それではまた。

追伸:今年は丑年でしたね。それでは我が家のうしでも載せておきます。

うしです。

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