ども、BOSEのヘッドフォンが無性に欲しい私です。高いお金を出して買う価値はあると思いますよ。

今日は、大阪の住道にある学校の健診のバイトに行ってきました。

家からその学校までは遠いので6時起きですよ。こんな時間に起きたのは久しぶりでした。

今回は心電図を担当しました。男子高校生だけだったので9時から始まって11時すぎには終わりました。心電図の担当の人はそれなりにいたのですが、生徒が次々に来るので忙しく、心電図をとっているさまはさながら流れ作業でした。

予定より早く終了したのですが、給料は予定の時間までいただくことが出来るのでラッキーです。心電図は侵襲が少ない検査ですし、去年の採血のバイトよりずいぶんと楽でした。時給も上がっていたし。

どうでもいいことですが…イマドキの中高生を見ていて、つくづく彼らは純粋培養されているなと思いました。しかし、それは彼らと比べて酸いも甘いも知ってしまった今だから言えることであって、たぶん昔は私も彼らと同じだったのかもしれません。それだけ自分が年をとったということか…。

それではまた。
090406_1627~02ども、炭酸水のペットボトルを開けたところ、思いのほかの噴出によりジーンズがびしょぬれになった私です。散々です。

今日は天気が良く、奈良もとうとう桜が満開になったとのことで、花見に出かけました。

大学の近くには大阪の造幣局に劣らない桜のトンネルがあります。この写真以外にもたくさん撮ってしまいました。

明日は久しぶりに健診のバイトに行くので、今日は早めに休むことにします。

それではまた。
今あることについて悩みがあります。

私は以前から女性の妊娠・出産や性教育に関わる仕事に就きたいという思いがあり、助産師を目指そうと考えていました。

しかし、大学の勉強のかたわら救急外来でバイトをしてから、救急の分野で働きたいという思いが強くなり、その一方で当初目指していたはずの助産師の夢がだんだん薄れてきているのを感じていました。

助産学を専攻するかどうかを決めるのは3年になってからなので、今はまだちゃんと決めなくても大丈夫なのですが、最終的に助産の実習を受けられるのは15人で、もし希望者が多ければ試験があります。

私が助産学を専攻し助産師の資格を取得したとしても、卒業後に助産師として勤務することはたぶんないでしょう。いくら、私が助産学を勉強したくても、助産師として働く気がなければ、その資格を取得することには意味がないような気がします。

助産学を学んでいれば、救急の現場で妊産婦の患者さんが来た時にも対応できるのかなという思いがあり、それで勉強したいと考えることはありますがこのような勉強は自己学習でもある程度は可能です。しかも、救急の現場に来院する妊産婦の患者さんは異常やハイリスクの妊娠・出産であることが多いと思います。

ところが助産師が主体的に動くことができるのは正常分娩の介助だけなのです。そう考えると、私が助産学を専攻することは本当に助産師になりたい人の邪魔をすることになるのではないか(要するに助産学専攻の定員の枠を奪ってしまうのはないか)と思うのです。

助産学を専攻しなければ、4年はほとんど卒論と国家試験の勉強だけに時間を費やすことができます。しかも、私は看護師国家試験を受験する必要はなく、保健師の国試の勉強だけをしていればよいので、かなり楽になります。

以上のことを最近考えあぐねています。