テレケくんの、好きなところ。


ひとつ、

婚姻関係のあるパートナーである

私のことを外で話に出す時に、

"妻"というところ。


"ヨメ"は夫がいうにはおかしな視点だし

"奥さん"というような時代でもないし

特にウチの関係性には合わない。

その辺をちゃんとこだわって

意識的に言葉を選ぶところは

とても丁寧で素敵だと思うし、

私が気になっちゃうポイントなので、

嬉しい。


また、言葉を丁寧に選ぶところは、

自分の言葉に嘘を混ぜたくない

彼らしさでもあると感じる。

特有の"こだわり"と言って

終わらせることもできるけど、

素直さ、純粋さが

よく表れているところでもあると思う。


ひとつ、

自然現象に感動する心が

みずみずしいところ。

たとえば霜の降りた車の窓に

描き出された美しい氷の模様をみて、



かっこいいねぇ、って思って

写真を撮って

携帯の壁紙にしたりするような

感性と素直さ。


生まれてこの方ずっと道民だけど、

50過ぎても尚、そこに

ウキウキワクワクできる心。


ひとつ、

私への愛は無限大だ、

って言ってくれるところ。


ある時ふと

「無限大なんだよなぁ」

と口からこぼれるように呟いた。

続けて、

「テレケちゃんのためなら

なんだってできるよホントだよ。」

というから、

「じゃあタバコやめて?」

って言ったら

「それは無理。」

って速攻断られて二人で笑った。

泣き笑い

「何にもできなかったね!!!」

って、そこは二人で素直に笑い合える。

そんなところもすき。


「テレケちゃんのためのことなら

出来るけど、それは自分のことだもん」

というのが彼の理屈だけど、

実際辞めるのが辛いから、

も入ってるはず。


だけど、

無限大だなぁ。なんでもしてあげたい!

って、思っているときに

心に広がる温かさや

逞しさや軸の強さこそが、

その人自身にも恩恵をもたらす

エネルギーだと思う。

そのムードが体の中を充した、

その時間が何より貴重で素晴らしい。

だから、なんだってできる、

って言ったのに、

何にもできなくたっていいのだ。


愛といえば、"永遠"、

なんてよく繋げるけど、

"無限大"の方が真実に近い気がした。


愛という言葉は広さ、深さと親密で

独占や縮小、制限とは

縁遠いものであると思う。

(束縛する偏執性の嗜好に

愛という言葉が使われることがあるが

あのカタチには是非違う言葉を

用意してほしいというのが

密かなる願いである)


なにしろ"無限"は、

宇宙の慣性に調和している。

永遠という時間的尺度は、

そもそも、条件として加えられた

制限なわけだし。

そうだったのか!と、

教えられた思いがした。


そして、愛とは、

その矛先に対する行動そのもの、

と思う私の気持ちにぴったりなんだ。


突然の発表は、三項目でした!


まじ、唐突。グラサン


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なにを選んで見つめて

大切にするかは、自分次第。


それにしても本当に色々

山谷も超えてきたし。

https://ameblo.jp/terke/entry-12619479696.html


目の前に差し出される優しさや愛を

素直に感謝して受け取れるのは、

相性もあるかも知れないけど、

勇気を出して優しさや愛を

直視することも

世界平和への道なんだと思う。

これについては上で飛んだリンクの先のリンクブログに真っ直ぐ受け取れなかったテレケくんにおきたとも言えるオカルト現象とも言える精神疾患が当てはまるかも。

そうして心の中に広がる愛は、

身の回りに現れていく。

あ。パートナーシップだと、

二人に同時に発現していくから、

倍々ゲームになると考えると、

やっぱり、

愛の力はすごいって話だなぁ。口笛