あれから もう12年の歳月が流れている。


今日は 母親の命日でした。
72歳で この世を旅立ちました。


なぜ この事を書く気持ちになったのかは
分からないけど  

多分  自分の中で 母親の記憶を残して
おきたかったからなんだと思う…。




母親は  子供の頃から 貧しくて 母親が厳しい人
だったし 苦労して育ってきたせいか
私は 母親が弱音を吐いた姿を一度も見た事がなくて
いつも 朝から晩まで 忙しそうに 働いていたから 
強い人だと言う印象ばかりが強くて
その事が特に頭に浮かんでしまっている。


もう  ずっと苦労の連続で 泣きたくても
泣く事すら 出来なかったのかもしれない。


父親は 帰って来ない日が多かったから
給食費も払えなかったりしてお金の苦労も
 随分して来た。


まるで 何かの テレビドラマみたいな 話しに
聞こえるかもしれないけど
本当に 母親は 子供の頃から 波乱万丈な人生を
送ってきた人でした。


でも 明るい性格で  家事をしながらとか しょっ中
よく歌を歌っていました。



 私の中で すごく記憶にあるのは


学生の頃 遠足や 運動会の日のお弁当は
 いつも マルシンハンバーグと玉子焼き
赤いウインナーは 定番で  いつも  おかずは同じ。
それでも 子供心に 嬉しくて 全部食べていた事。


母親と初めて 新幹線で 大阪の親戚の家に 行けた事。


たまに 出かけられる事が すごく嬉しかった。。


それと
私が 高校生の頃  イジメられた事が きっかけで
不登校になって  家出をした時に  仕事が終わって
からも  毎日  私を探し回ってくれていた事。


あの時は 本当に申し訳なかったと思う。



私が 20歳の時


母親が 52歳で  リウマチになったのを
境に 早く治るからと温泉治療をしてみたり 色々
試して来たけど 


それでも 治らなくて 入退院を繰り返しながら
 リハビリをしたりして頑張ってきたけど
なかなか回復する事が出来なくて最後は
ガンになって 後は あっという間だった。。


そして   その日は  突然来てしまった。



最後は  眠るように 旅立って行ったよね。



生きていた時から ずっと ずっと 思っていたのに
最後まで 母親に言えなかった事。。


あの時


本当は 旅立つ前に 言っておけばよかった。


だから 今  言うね。


お母さん。

私を産んで育ててくれて 
本当に ありがとう。
ずっと困らせてばっかりで 全然親孝行して
あげられなかった事
本当に ごめんね …  。
こんな私だけど あなたの 子供でいられて
本当に良かった。



たくさんの 大切な 思い出を ありがとう。。



一度も言えなかったけど
お母さんの事 1番 大好きだった。。



私の事は もう心配しなくていいんだよ。
だから安心してて いいからね。