オオカミ

 

夕間暮れ、村の峠の坂道を疾走しながら下ってくる少年がいた。

顔は青ざめているのに、その額からは大粒の汗がたれ流れていた。

坂道は小山と小山の間を縫うように這っており、その山あいは段田となっている。

友達との遊びに夢中となり、帰宅予定の時間を大幅に超えていたのだ。

山の両サイドの斜面は竹林となっていて、山間を突き抜ける風は絶えずシューシューと悲鳴のような音をたてている。

そのうえ少年自身が走りながら立てる音が、まるでコダマのように共鳴して、何か得体のしれぬものに追われているかのような錯覚をもよおす。

日中なら5分もあれば走り抜けられるのに、その数倍もの時間がかかっているように思われた。坂道も途切れそうになったとき、前方に何か黒いものが道をふさいでいた。近づいてみるとそれは少年と同じ年頃の女の子のように見えた。

こんな時間にこんな所で何をしているのか。不審に思い、問いただそうとして顔を覗き込んだ。顔は無かった。ヘタヘタと座り込み少年は気を失った。

そんな少年に、顔のない少女は微笑みかけたようだった。それからどのくらいの時間が過ぎたのか

息を吹き返した少年のそばにいたのは、口が耳元まで裂けた狼だった。少年は又しても気を失ってしまった。その後、村の捜索隊が少年を発見した時、少年は口から泡を吹いたまま、眠っていたという。

捜索隊は狼討伐隊となり山狩りを敢行したが、狼などどこにもいなかったと当時の村誌には記されている。