昨日。
少しだけ掴めてきた。
自分を大切にするとゆうこと。
自分を持つと言うこと。
例えば、自分が調律師として生きるんだってことを想定して考えてみた。
世の中、世間がどうであれ。
自分は、このピアノの音さえ美しい世界にいられれば、あとは何もいらない。
そう思うと
一切の世間からの体裁や誘惑から、自由になれた。
そう、先日の映画の帰りみたいに。
「みんな、貴女のこと素敵だなって思って寄ってくるんだよ?その貴女が、どうして自分のこと誇りに思えないの?」
私は、どこにいる??
引っ込んじゃってる私は。
自分を確立すること。
自分はこれでいいと、思うこと。
自分に誇りを持つこと。
これがどれだけ、大切か。
それが、痛烈にわかった瞬間だった。
私が。
どれだけ、他人のためだけに生きてきたか。
何かを考えて行動する際に、必ず上司が何ていうかを先に気にすること。
好きな人にいかに愛されるかを気にすること。
無条件にやってきた。
それ以外の人生を、生き方を、知らなかった。
だから、今でもデフォルトはそっちの考え方に、行ってしまうけど。
方向性は掴めた。
今は、自分を確立するための、プロセスにいる。
私は
感性が震える、美しい瞬間のために、生きていきたいから。
職業人として、誇れる仕事は何だろうか
今、それを探してる。
まだまだ
世間や他人中心のモードが自己の大半を占めてしまうし、
他人からの賞賛や、他人とのつながりについては、
本当に喉から手が出るほど、依存してしまうほど、欲しいもので、
それはきっと、小さい頃にできた、私が、喉から手が出るほど欲しくて欲しくて欲しくて堪らなかった、心に大きな傷を抱えているものがゆえに
その傷が疼いて疼いてしまうのだけど
そんな時は
あ、傷が疼いているんだな
そう思って、そのまま見守ってあげて?
他人の価値観に迎合した自分で生きていくことに
もう、擦り切れて疲れ果てて、
何より素敵な自分が、そんな悲しい辛さを抱えている姿は、もう見たくないの。
貴女だけなの。
貴女を、大切にしてないのは。
みんな、大切思ってくれてるよ?
他人の価値観に迎合しないで
自分の立場からの素直に思った意見をぶつけていくこと
そんな恐ろしくて怖いこと、
これまでだったら、無条件で身体が拒否していた。
でも
職業人として
自己確立された個性として
今、そっちで生きていくことが
示された道なのだと思う。
相手が、誰でも関係ない。
私は、私の職務を全うする。