彰子ちゃんが喋ったー
「仰せのままに」以外の言葉を!
史実では、ゴットマザーとなり
賢后として名高い彰子
一条天皇亡き後
二代の国母として摂関政治の全盛に貢献し、
後世、あやかるべき吉例として
長く景仰された彰子。
長寿で子や孫までも看取る事と
なったのは気の毒ではあるが
概ね幸せな人生に見える。
だからこそ、第二皇子・敦成親王(後一条天皇)懐妊ののち
第三皇子・敦良親王(後朱雀天皇)を出産して
一条天皇が身罷られるまでの怒涛の約3年間
彰子は帝の妻として幸せな時を過ごせたのか
が知りたくて、いろんなYouTubeなど漁る毎日。
何せ、第一皇子・敦廉親王を産んだ
亡き定子と一条天皇の
ラブラブエピソードはあちこちに
散見されるものの
二人の子を成した彰子との
ラブラブエピソードはほぼない。
一条天皇は、世間や道長からの
天皇として
"お世継ぎなさねばならない"
という義務感のみで彰子と
逢瀬を重ねたのか?
そこに愛はあったのか!?
わからないんですよね。
調べれば調べるほど(ネットだけだけど)
亡き定子ちゃんがどれだけ
魅力的な女性だったか
どれだけ一条天皇に愛されていたか
っていう情報ばかりが目につく。
ましてや、ドラマでは描かれていないけど
他にも寵愛を受けた女御は何人かいたようだし。
唯一、第二皇子・敦成親王が生まれたとき
一条天皇が早く会いたくて
わざわざ、彰子のところまで来たという
記述くらいしか愛されエピソードがない。
で、一条天皇の辞世の句ですよ。
「露の身の 風の宿りに 君をおきて
塵を出でぬる 事ぞ悲しき」
"君"は、定子ちゃんか彰子ちゃんか?
両説あるらしいですけど
まあ、成仏していないと言われていた
定子ちゃんに宛てたものですよね。
せめて、君とぼかしたことで
”最大限中宮彰子に配慮していた”程度には
尊重されていた
と言うような記述がどこかにあったけど
いや、帰って傷つく…
彰子ちゃんはそれを感じて、
この辞世の句に
返歌をしていないじゃないかな
あー、せめてドラマの中で彰子ちゃんに
妻として幸せな時間をください!!
大石先生!!