こんにちは、エンジョイント水町です。
今回のテーマは
好きな事をして生きていくことの盲点です
 
YouTubeのキャッチコピー「好きなことで、生きていく」ではないですが、
好きなことが仕事になって、収入になって、
人に喜ばれたらどんなに素敵なことだろう?って思ったり、
今すでにそのように生きているかも知れません。
 
好きな事をするとモチベーションが続きますし、何よりやり甲斐、生き甲斐が出てきますね。
 
しかし、ここに大きな盲点があるということが記事にあったので、
興味深く読ませていただきました。
 
「麻布→東大卒」でありながら「プロゲーマー」という経歴の「ときどさん」
以下、引用です。

僕は子どものころからゲームが大好きでした。

しかし、もちろんそれだけに没頭することを許されていたわけではありません。

常につきまとう義務がありました。勉強です。

我が家には「教育は惜しむな」との代々の家訓がありました。

父は戦後の貧しい環境ではあったものの、家訓に従って教育を受け、身を立てることができた人でした。

物は失ってしまうことがあるが、身につけた学や技能は一生涯自分のものである。

これはまことにありがたい教えではあるのですが、きちんと理解できるようになったのは大人になってからのこと。

子どものときは、正直いってありがた迷惑な代物でした。

小学生のころはゲームセンターではなく家庭用ゲーム機でゲームをしていましたが、

親の目を盗んでゲームをすると集中できない。

一方で、勉強もゲームが気になって手につかない、そんな非効率な状況に陥ったのです。

互いに足を引っ張り合うのはどうにもバカらしい。

ゲームがうまくなりたいのなら、勉強を避けるのは得策ではない。そう気づいたのです。

 

堂々と遊べないと、両方の効率が落ちてしまう。

 

そう気づいた僕は、ゲームと勉強を「セット」にして、取り組むことにしました。

両親から「勉強したのと同じ分だけゲームをしてもいいよ」といわれたことを逆手に取り、

「勉強すればするほど、ゲームもたくさんしていいんだ!」と考えたのです。

 

勉強は自分にとって、もともと他人ごとで、単なる面倒な義務でした。

しかし、自分が優先したいゲームにとって、どうやら切り離すことができないものらしい。

ゲームを全力でやりたいのであれば、勉強も他人ごとでは済まされない。

そうしてついに、勉強を自分の問題として覚悟したのです。

 
このように「ゲームはしたい、勉強はしたくない(義務)」のようなことは、仕事においてもあると思います。
 
仕事でいえば、あなたがピアノの先生をしているとしたら、
ピアノを教えることは好き、だけど、集客は嫌い(義務)だとしましょう。
ピアノを教えるためには、集客は必ず必要になってくる。
なぜなら、ピアノを教える生徒がいなければ、
自分の好きなピアノを教えることができなくなってしまうからです。
 
このように「好きな事」「義務」が足の引っ張り合いストレスになってしまうのですね。
 
なので、ときどさんがやっている「義務をした同じ分だけ、好きな事していいよ」
という方法は脳科学的にも正しいですね。
 
脳は「苦痛を避け、快楽を得たい」という習性がありますので(^^)
 
なので「義務をした同じ分だけ、好きな事していいよ」
と思うことでモチベーションのエンジンが好循環で動くようになりますよ!
 
エンジョイント 水町
 
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