先週金曜に処方していただいた薬の飲み方が未だに徹底しない母親に少々苛立つ。

わかり易く飲み方のメモを貼り付け別にしているのだが、それでもバラバラな飲み方をする。

今まで飲み続けているお薬も、今だけ飲まないよう指導されているのに自己判断で飲んでいた。

これまでも毎日毎日飲み方を確認させ念を押しているにも関わらずだ。

散々念を押して帰り際、もう一度確認するともうしどろもどろであやふやだ・・・メモがあるのにだ。

 

何度か書いてきたが、新しい事柄が覚えにくくなっている。

これまでの蓄積された記憶や行動は大丈夫なのだが、新しいことは頭に入りにくい状態。

認定検査で認知症と判断される様な重篤な症状ではない。

厳密に検査をすれば認知症と診断されるだろうが、たぶん年齢からくる範囲のものだろう。

 

まだ食事を思うように取れず、めっきり気力体力が衰え、背骨と膝 腰の痛みとで更に滅入ってしまったようだ。

去年から一回り小さくなってしまった母親だが、ここに来てより一層しぼんでしまった姿が痛々しい。

もう一度気力体力の復活するのを願うばかりである。

母親がそんな状態でも、健在なのとそうでないのとで、父親の今度の生活面の問題が一気に噴出する。

 

施設を父親が嫌い、今後は利用できないと困ってしまった旨、一度相談した私の主治医が言った。

「嫌だ嫌だと言っていても、そのうち行かざるを得なくなる時が来るものです」

そうなるのを一時でも遅らせられるよう願うばかりだ。

我が家では住宅事情から言っても、生活時間のズレから見ても同居は不可能。

 

母親には万が一父親がひとり取り残された場合、入所してもらう方向で考えてる旨伝えてある。反対の場合動ける範囲でもって入所を考えれば良い。

母親は、今すぐにでもしばらく預かって欲しいようだが、それもできず苛立っているようだ。

箸の上げ下ろし以外何もできない、する意思もない父親には、今現在母親も業を煮やしている。

高齢の男性が自立自活できるように準備することは非常に大事だと思う。

口では「誰の世話にもならない、一人になっても何一つ困ることはない。」

と、豪語する父親は既にもう人の手助けがないと生活できない状態なのだが・・・

 

単純にヘルパーを導入し、家事の補助をしてもらうことで解決する事案ではないのが、益々悩ましい。

同居が一番の解決方法なのだが、住宅事情一つとっても困難なのは明白なのだ。

この先を考えると、私が家庭を犠牲にして泊まり込む以外ないのだろうか?いろいろ考えると気が重いことばかりだ。

早朝に目覚め今後を考える事が多くなった。

出たとこ勝負!先のことに不安になる前に、目の前の事に対処することだけ考えよう!

 

 

好感が持てないイライラするブログ なる記事にあったブログを拝見した。

自分は幸せアピールにはイライラすることはないが、感動したり心に残ることはない。

違うな、と感じたらそっとその場を離れる。ネットの場合はこれに限る。

予てから言っているが、当人がその理由を尋ねる愚行を犯す方がいることも事実。

実生活上の付き合いならいざ知らず、一体私の何が気に入らないの?と問うても虚しいだけだろう。

そしてまた自分から離れる人物を悪者にし、同情を煽るやり方は軽蔑ものだ。

ポジティブだろうとネガティブだろうと真の自分を晒す方々には反感はない。

それをうまい具合に使い、自分への評価に転換する輩が大嫌いである。

そばにいる人の気持ちを図る道具に使う人が嫌いである。

ブログの世界にはこういった人々の蔓延る隙間がある。

また僅かな文章の中に、その人物の人となりが透けるのも事実。

 

 

 

 

婦人のブリジット・フォンテーヌとのアルバムから

アレスキ色が濃い!

 

 

夫君との最高傑作と言われる名作Comme à la radio から