最後にここを書いたのは、中学3年生の10月。
気がつけば、15年ぶりのブログ更新になる。
なぜ今、また書こうと思ったのか。
きっかけは本当に些細なことだった。
中学生の頃に使っていたiPod touchを、久しぶりに触っただけだ。
そこに残っていた当時のSNSやデータを眺めているうちに、
記憶が一気に巻き戻されて、
気づいたら、ここに辿り着いていた。
Gmailも昔のアドレスが生きていて、
試しにログインしてみたら、
画面いっぱいに並んだのは、
今の自分から見れば目を背けたくなるほど稚拙なやり取りだった。
中学生の頃の俺は、
ASDをそのまま人の形にしたような人間で、
(正直、今もその気はあるが)
とにかく癖が強かったと思う。
そこに今は、躁鬱っぽさも加わっている。
当時とは違う意味で、ややこしい人間になった。
それでも、ここまで思い出を掘り返してしまった以上、
何も書かずに閉じるのは違う気がした。
だから、28歳になった今までのことを、
この場所に、少しずつ書いていこうと思う。
高校を卒業して、俺は仙台に引っ越した。
何かが始まる気がしていたし、何かから逃げたかった気もする。
大学には通った。
でも、最後までそこに居続けることはできなかった。
4年で中退。
今思えば、あの頃からすでに「普通のレール」には適応できていなかったんだと思う。
その少し前、俺はとある界隈で一躍有名になってしまった。
今振り返れば完全に黒歴史だ。
でも同時に、あれは間違いなく俺の人生に必要な荒療治だった。
あれがなければ、今の自分は存在していない。
社会人として正社員デビューもしてみた。
だが、あまりにも俺は社会不適合だった。
2時間半遅刻する。
定時になった瞬間、顧客を放置して帰る。
自分の歓迎会をドタキャンしてバックれる。
人と噛み合わない。
4ヶ月で、あっけなく終わった。
そこから俺は、正式なニートになった。
しばらくは、ヒモのような生活を送っていた。
そして2021年、ホストを始める。
初めて、同世代の社会人が何年もかけて稼ぐ額を、短期間で手にした。
金がすべてを肯定してくれるような錯覚があった。
このままホストとして生きていく。
当時の俺は、本気でそう決めていた。
だが、当然そんな生活は長く続かない。
トラブルが起きた。
𝕏(当時はTwitter)に個人情報を晒され、
働いていた店には、明らかにヤバい人たちが押しかけてくるようになった。
逃げるように、その場所を離れることになった。
そのタイミングで、中学の頃からの一番の親友が声をかけてくれた。
「一緒に仕事をしないか」
その一言で、俺は上京を決めた。
2022年4月、東京。
親友のビジネス感覚は、異常なレベルだった。
数百万の売上で満足していた俺にとって、
彼の世界は文字通り“桁が違った”。
当時は、稼いで、遊んで、吸って、また稼ぐ。
六本木のクラブのVVIPに連れて行ってもらい、
「自分は選ばれた側の人間なんじゃないか」
そんな勘違いすらしていた。
渋谷のマンションに引っ越した。
でも、親友との仕事関係はやがて解消された。
それでも遊びだけは、さらに過激になっていった。
しばらくは、ホスト時代に関わってくれていた人たちから、
毎月なんとか生活できる程度の支援を受けていた。
2022年11月、ある人と出会った。
そして俺は、それまでの関係をすべて切った。
その人と、一緒に暮らし始めた。
だが、ここからカルマが一気に押し寄せる。
俺の人生で、唯一「心から親友」と呼べる存在。
その親友が、ずっと一人で抱えていたものに、
俺は気付いてやれなかった。
気付いたときには、もう遅かった。
俺たちは疎遠になった。
もし、あの時。
もし、もう少し早く。
そう考える夜は、今でもある。
金は稼いだ。
生活レベルも上がった。
でも、金を守る術を何一つ知らなかった。
収入は不安定になり、
心は壊れ、
風呂にも入れなくなり、
円形脱毛症ができ、
失敗を重ね、
数百万の借金を抱え、
一緒にいたパートナーとも絶縁した。
何もしていないのに涙が出る。
生きている意味が分からない。
気付いたら、何度か死のうとしていた。
完全に、壊れていた。
紆余曲折を経て、今は少しだけ立ち直っている。
ただ、もう二度と心を壊したくない。
だから、慎重に生きている。
それでも、俺にはもう時間がない。
金を稼ぐことに、もう一度向き合わなければならないと思っている。
もし30歳になっても、まだこのブログのことを覚えていたら。
28歳から30歳までの人生を、
今度はもっと具体的に書いてみたい。