初回から地味ですが、結構奥が深いのではないかと思います。
私は静岡県三島市の出身ですが、日本三大大社の内の1つと言われている(実際のトコロ本当かどうか分かりませんw)三嶋大社があり、良く自転車に乗ってコケを探しに行きました。
境内の至る所に綺麗なコケが生えています。
去年の2月頃にチェンマイから日本に戻った時、2年ぶりの日本で早速三嶋大社に行き、コケを見に行きました。
そのとき採取したものがこちらです。

ちょっと写真が綺麗ではないですが、しっとりふっくらしたコケで触ると心地よい感触がします。
こういた日陰の中で存在するものって、とても美しく見えるのですが、私だけでしょうか?
以前、学生時代のスケッチの授業で、ガーベラのスケッチをした際、他の生徒が花びらにひたすら注力している中、私だけ茎に注力をしており、そのこと発表した時講師から褒められたコトがあります。
日常に溶け込み、三嶋大社でなんともいえない高貴な雰囲気を漂わせているのは、実はこのコケで有るということが読み取れます。
仮にこのコケがまったく無い状態であれば、本当に殺伐とした大社であったものだと思います。また自然が作り出したが故に感受性がある程度高くないと発見できない要素だともいえます。
「日常とデザインの境界線」の第一回目のエントリーとしては、これくらい、ブラーな境界線であるべきとも感じます。
日常とは、生活におけるヒト、モノ、コトであり、デザインとはそれらを繋ぐインターフェース、簡単に言えばラーメンとヒトを繋ぐ、箸のようなものだと思います。
境内とヒトを繋ぐコケというと少し苦しいですが、自然から読み取れるデザインの有るべき姿が見えてくる気がします。
ちなみにこちらはチェンマイで発見したコケ。

まだ少し深みが足りないですね。
同じモノでもまったく性質が異なります。
こういった感じで、日常とデザインの境界線を探して行きたいと思います。
ではまた次のエントリーで。
