世の中には最適なサイズというものがある。おそらく、それは一定ではなく、環境により替わる。

しかし、組織、特に日本の組織というものはそこを見誤るケースが多い。特に大きくした場合に多い。

一つにすることには効率化という甘い果実なっている。それは有無を言わさぬ味わいがあるのだ。しかし、往々にして甘いものには罠もある。

その一つが責任感の欠如である。複数あったものを一つにまとめれば、全体を見る視点が高まる一方で、実際に見られていたものたちがみられなくなる。いや、見られている気がしなくなる。そうすれば、手も抜き、なにかなげやりというか、投げっぱなしになる。

この全体を見る目の距離と見られている感じのする距離。ここが最適点かもしれない。

見られているものは背負うものが違うだ。

うっすら、力が削がれているのを感じる。ポロリと放つ言葉は真実の重みを伴うときがある。

うちを選ぶメリットがないじゃないか?

奮起の時は近いだろうか。どうだろうか。自分は時を望み、道具を研ぐだけだろうか。




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