本日で四半世紀続けた会社退職

残有給40日消化に入ります。


職場にいる時間が長かった

この5年は改善されたけど


残業100時間なんて

常態化してて、朝は6時から会議

帰りは0時近くになることも多く


中間管理職てことで残業代なんて

頂いたことなんて無かった時代もあって

記憶が無くなる程に働いた


でも、周りを見渡すと

当時のキツイ時代を闘った仲間は

皆んないなくなってて

気付けば常務と、もう1人の同僚しか

残って無くて組織は

若返りに舵を切って行った


それでも

その常務とは人生で電話も含めて

1番話しした方だと思う


事あるごとに

お前なら絶対やれると

昭和のスポ根丸出しで向き合ってくれた人


それは今でも変わらず

退職すると常務に話してから

もう、4年も過ぎてしまっていた。


今回こそはと

相方とも生活費折半になったので

ゆっくり自分時間で働いていこうと

思ってた昨日の昼下がり


常務から電話

やっぱり諦めきれんな

どこでも、どんな役職でも良いから

組織残ってくれとの電話だった


正直に嬉しかった。

それでも誰と誰が揉めてる間に突っ込むのも

退職希望の行列を捌いてくのも

向き合ってく気力は使い果たした


しばらく ゆっくりしたら

また焼き鳥行くからなと

長い電話だった


とりあえずは

長い間

ご苦労様やったな

ほんまに有難うな お前がおったから

俺は こんな役職に着けてると

話されてました。


私は常務になろうとも

その方のことを

ずっと苦しかった時代の時の役職

課長と呼んでいる


私だけが、常務のことを課長

課長とタメ口で話すので

周りの雰囲気を察することはあっても

課長としか思ってないんだから

変えるつもりも

常務も呼び方、話し方を

変えろとも一度も言わなかった


ただ

淋しいんやとだけ

何度も話してくれた


社会人としてののような存在だった


『ゆっくりしろよ またな』ガーン


またな?


返事も濁して電話を切ると

あ、その人から引き留められると

ココロ揺れるて方から次から次に

電話が鳴る。


恐らく課長が仕掛けた


しんどい時代を共闘した

数少ない仲間からの電話


ごめん‼︎ゆっくりさせて‼︎と

泣く前に電話を切っていった。


私は社会人として

この組織しか知らない

そして、長年 がむしゃらに働いて

働くことに時間を消費して

自分の持ち時間を捧げて来た


その時間からの

引き算が財として残っただけのこと

これからは時間を大事にして

相方と生きてくと決めたのに


それでも あの苦しい時代を

共闘した

常務、仲間からの引き留めには

ココロ揺さぶられてしまうのは仕方ない


送別会の知らせが無いなと

思ったら

期を跨いで私の有給中

来週に行うと社内メールが来た


えっ、決算終わってから送別会?

有り得ない。参加メンバーも

私の親しい方だけの参加

懇親会やん


相方とは仕事の話は極力しない

互いの仕事には口出ししないのが

暗黙のルール

昨夜の夕飯時に相談しても


『ゆうたんが決めることやん』


なんと真っ当なことを言うねんあせるあせる


何だか つづきがあるような


ザラっとした

最終日


とりあえずの幕終い感の残る

退職?となりました。

今日はシャワーだけでなく

風呂に入って最後の出陣


長い間 お世話になりましたアップ



朝晩は

寒くなって来ました

体調崩しやすい時期です

気をつけられますように


いつも読んで頂き

ありがとうございます🍀