“わが家はマンションの10階にある・そのマンションのエレベーターのリニューアルエ事があり、10日間、階段を上らなければならなかった。これが思いのほか大変だった。ともに還暦を迎える夫婦である。休憩をしながら、息も絶え絶えになってわが家にたどり着く日々だった。工事前、心配性の妻は、いろいろと準備をしていた。その一つに新聞販売店への連絡があった。配達は1階の集合受け箱に入れてくれればいいと電話をしていた。私はそんな妻をただ感心して見ているだけだった。
 いよいよ工事が始まった次の日の朝、玄関の扉を開けると、いつものように新聞が入っている。配達員さんは、私たちが寝ている間に、わずかな電灯に照らされた階段を10階まで上がり、新聞を届けてくれたのだ。うれしかった。連絡がうまく伝わらなかったのか、仕事に手を抜かないプロ意識なのかと、妻と話をしながら、届けられた新聞を丁寧に読んだ。それからも毎朝、新聞は届けられた。
 工事終了日の朝、妻は配達員さんへ感謝のメッセージと、ささやかなプレゼントをドアにかけておいた。受け取っていただいたようで安心した。一度もお会いしたことのない配達員さん、本当にありがとうございました。明日からはエレベーターが使えますよ。”(2月12日付け中日新聞)


 愛知県豊田市のアルバイト・正田さん(男・61)の投稿文です。ボクは高層住宅に住んだことがないので、実感としてそのメリットもデメリットもよく分からない。10階の生活、エレベーターなくしてほぼ無理であろう。そのエレベーターが10日間ばかりとはいえ使えない。そして新聞配達員である。仕事とはいえ、この上り下りは大変であろう。そこで、正田さんは、1階の集合受け箱でいいと、連絡された。ところが毎日玄関に届いたと言われる。この心遣いは貴重である。人間性の表れである。ボクが思うに、多分他の階にも配らねばならない家があったと思う。正田さんに言われても、気持ちだけ受け取って配られたと思う。
 そして正田さんは、お礼の文とプレゼントを贈られた。心温まる話である。ボクはほとんど毎日5時に新聞を取りにいく。時には4時半以前に行くときもある。でも入っている。こんなに早いのか、感心している。お会いしたことはない。今の時代高齢者の方ということも可能性大である。いつまでも続いて欲しい仕組みである。


 “本紙朝刊1面コラム「中日春秋」を昨年から音読しています。2年前の11月に勤めていた会社を退職してから言葉を発する機会がめっきり減って、滑舌が悪くなったり口角が下がったりするのではと心配しました。そんな折、友人が中日春秋を音読していると聞き、私もやってみようと思ったのです。
 毎朝、大きな声を出すうちに自分がアナウンサーにでもなったように思えてきました。黙読より音読の方が内容は頭に入りやすい気がします。読めない漢字や意味の分からない言葉をスマートフォンで調べる習慣が身に付きました。今や音読は口の体操だけでなく、確実に脳の活性化にもつながってきています。”(2月11日付け中日新聞)


 音読の話も度々聞きます。老いれば動かさないとますます機能を果たさなくなる。口も手も耳も、手も足も頭も、全て意識して動かさないといけない。若いときはそんなこと気にしていなくても、問題なかった。無意識に動かしていたのであろうか。人間の体、どこがおかしくなっても不都合である。そして口の話である。生活にもよるが話す機会が減る。それを音読で補おうというのである。できることは何でもする、それが老いの不便さを遠ざける道であろう。ボクは最近、口腔衛生の話を聞く機会が多い。それだけ口の大切さが分かってきたのであろう。話すこと、食べること、口は確かに大切である。4月のサロン羽根邨で口腔衛生士から話を聞くことにしている。
 いろいろ手法はあるが、一番はやはり出かけることである、と思う。出かければ歩くし、話すし、全てのことが果たされる気がする。ボクの3月の予定表を見ると空白の日はほんの数日である。よくこれだけ詰めたものだと自分ながら感心している。ありがたいことである。


 “近くに住む28歳の孫が大きな袋を二つ抱えて、わが家にやって来ました。にこにこしながら袋を差し出すので、何か入っているのかと思ったら衣服15着ほど。聞けば、どれも20歳の妹の冬物で、「着られそうなものがあったら着て。そうでなかったら処分してもいいよ」と。そこで、ともにウール100%という白いセーターと黒の丈長のべストを手にしました。袖を通すと、私が普段着る衣服よりも暖かくて、すっかり気に入りました。残りの服もいただくことにしました。
 孫娘のお古だからか、何だか私は心まで少し若くなった気がしました。友人と会う機会があれば、着て行って若返ろうかしら。”(2月8日付け中日新聞)


 愛知県瀬戸市の飯田さん(女・85)の投稿文です。85歳の女性が20歳の孫の服を着る。何かとファッションを気にする気にする女性です。それは何歳になっても同じでしょう。そして気に入ったものがあり、着てみる。若返った気持ちになる。当然でしょう。
 老いたらより着るものに気を配り、そしてできるだけ明るい服を着る、最近よくわれることです。以前は老いにふさわしい地味な物を着る、派手な物を着ようなら批判の対象でした。それが今は違います。飯田さんも言われる若い人が着る明るい物を着れば、気分も明るくなる。これは孫さんの配慮でしょうか、そして飯田さんも受け入れられた。これも挑戦です。万々歳です。


 “名古屋市東区のJR中央線・大曽根駅のホームで電車を待っていました。白杖を持った制服姿の中学生ぐらいの少年が歩いていました。ホームには多くの人がいて、少年が誰かとぶつからないかが心配になり、私は声をかけようかなと思いました。そのときです。母親らしき女性が少年の方に駆け寄って、抱き締めました。「できたね。来られたね。良かったね」。そう、少年を褒めているではありませんか。ひょっとしたら少年にホームを歩く練習をさせていたのかもしれません。私は2人の姿を見て胸が熱くなりました。
 昨年9月のあの日から5ヵ月近く-。さて、あの少年は今ごろどうしているでしょうか。少しでも自力で行ける場所が広がっていれば、いいな。”(2月6日付け中日新聞)


 愛知県瀬戸市の主婦・長江さん(69)の投稿文です。始めて聞く行動です。でも考えて見れば当然していかねばならない行動でしょう。白杖の人に電車のホームは大変危険な場所です。親御さんにも心配な場所でしょう。無事歩き終えた少年を抱きしめる。読んだボクでも胸がジーンとします。人それぞれに特性があります。その特性を伸ばし、また乗り越え、明るく前向き進みたいものです。駅などで白杖の人を始めいろいろ頑張っている姿をよく見かけます。少しでも手助けできることはするように心がけたいものです。この文を読んで改めて思いました。


 “私のスマートフォンに電子メールが届き、「久しぶりに一緒にお食事でも」とありましたが、心当たりがないアドレスからの発信ゆえ放置しておきました。翌日、「来週休みが取れたので予定を教えてください」と再び連絡がありました。私はさすがに気になって「どなたですか?」と尋ねました。すると「○○ですが、△△さんではないですか?」とあり、私は「違います」と返したら、「友達から聞いたアドレスに送信しましたが、間違いのようで失礼しました」とのメッセージが届きました。その翌日には「これも何かの縁でしょう。またメールしてもいいですか」と。
 ここで私は不審に思い、調べたら詐欺に誘導する手口のようでした。それにしても、ずる賢いですよね。”(2月3日付け中日新聞)


 愛知県豊田市の自営業・山田さん(男・76)の投稿文です。電話詐欺については、1月31日の第3792話、2月6日の第3795話でも扱いましたが、今度はメールです。こんな手の込んだこともするのですね。今の時代何を信じていいのか分かりません。最近マスコミで話題になっているSNSでの事件など、全く普通の人を巻き込んでいます。これが社会の進歩でしょうか、全く疑わしく思います。
 近寄らぬが安全でしょうが、このようなメールもあります。電話はもっと頻繁でしょう。固定電話の要件も多く、ボクの家では止めるわけにはいきません。以前は電話が鳴ったらすぐに取り上げ、自分から名乗り上げるのがマナーでしたし、そうしていましたが、今はこんなことはできません。留守電になるまで待っています。その声が伝わっても鳴り続けるようでしたら出ることにしています。宣伝はほとんど留守電に入れません。携帯電話も同じです。登録のない番号は留守電に入れてもらってからにしています。でもこれはボクの感覚では失礼な行為です。我々の常識がどんどん崩れていく。


 “高さ2メートルぐらいの破れたふすまを持った若い女性とその母親らしき人がホームセンターにいた。直すための道具でも買いに来たのだろうか。私が「家から外して持って来たの?」と尋ねたら、母親らしき女性が少し恥ずかしそうにうなずいていた。世は大量消費社会となって久しいのに、古いものを大切に使おうとする2人の姿に感激した。私が生まれ育った戦後すぐは物資が乏しく、今は亡き母が障子の紙をよく張り替えていたことを思い出した。気付けば私の頬は緩んでいた。
 ホームセンターの駐車場で、車にふすまを載せようとする2人を見かけた。若い女性が手を振ってきたので、私は「頑張ってね」と返した。物を大事にする姿勢を、私こそ見習わなきゃと思った。”(2月1日付け中日新聞)


 愛知県豊田市の冨田さん(男・78)の投稿文です。地球上のものは今あるからと言っても有限です。粗末に扱うことが良いはずはありません。ふすまの張り替えでホームセンターと言われるが、どんな状況かよく分かりません。でも持ち込むのが大変な大きなものですので、それなりの必要性があったのでしょう。ものを大切に扱う、いくら豊かになってもしなければならないことです。でも手を掛けるのが面倒になる。お金で済めばと、つい楽な方に動いてしまう。ここは正常な判断が必要です。
 ものは消費してお金を回さないと、豊かにならないとばかりに消費を進めます。政治家などへの要望も、景気対策が何十年経っても、未曾有の好景気と言われたときにも要望の一番です。人間の経済的欲望はキリが無いということです。このことを頭に入れていないと、いつまでたっても足らないだけです。それで満たされた気持ちになれるでしょうか、よく考えてみたいものです。


 “昨年11月15日付本欄「息子と登る北アルプス」を読み、燕岳から常念岳までを縦走した30年前のことを思い出しました。職場の仲間から誘われて私は山登りを始めました。東海自然歩道を手始めに三重、滋賀県境の鈴鹿セブンマウンテンを踏破し、リーダーは「次は蝶ケ岳!」と言いだしました。思いも寄らない北アルプスデビューが決まりました。蝶ケ岳へは上高地から入山しました。大きな荷物を背負った山岳部の学生さんと擦れ違い、私も同じ山に登るんだと思ったらワクワクしました。その翌年、私たちは2泊3日で燕岳から常念岳を縦走しました。燕岳山頂からのパノラマ、雲の切れ間から差し込む陽光の美しさに心が癒やされました。山荘を後にして常念岳へ向かう際は青空に恵まれ、富士山を横目に尾根を歩く至福の時間を送れました。こんな山の思い出に私が浸ることができるのは仲間の誘いがあったからこそ。感謝しています。”(1月31日付け中日新聞)


 愛知県春日井市の主婦・石垣さん(74)の投稿文です。登山について、ボクも石垣さんと同じような体験をしてきました。ジョギングから始まりウォーキングへ、そして、近場の低山へ。記録を見ると鈴鹿山脈へ行き始めたのは、平成6年からです。50歳過ぎてからです。セブンマウンテンも登ったと思います。鈴鹿山脈は近いとともに急坂が多く変化があります。そして平成7年7月にここで話されている蝶ヶ岳、常念岳、大天井岳、燕岳を2泊3日で登っています。アルプスへの挑戦の始まりです。職場の仲間とです。仙丈ヶ岳、西穂高岳、木曽駒ヶ岳、宝剣岳、南・北八ヶ岳等に登ってます。そして、登山は一宮友歩会の発足と共にほぼしなくなりました。一時期の登山でしたが、いい体験、思い出になっています。良い機会を与えられたと思います。ボクから言い出すことも多いですが、登山はボクから言い出すことはなかったでしょう。誘ってくれる友達がいたからです。


 “私は、学校の生徒会長に立候補しました。選挙の結果、生徒会長にはなれませんでしたが、貴重な体験をすることができました。友達の大切さが身に染みました。私が「生徒会長を目指す」と言ったら、友達はすぐ推薦人になってくれました。友達はすごく応援してくれ、その言動に触れるたび、私は力をもらいました。
 もう一つ、私が学んだことは挑戦し続けることの大事さです。生徒会長になった相手はどの学年からも人気があって、選挙戦の間、私には勝ち目がないなと思いました。でも私は諦めませんでした。どんなに困難な状況でも、私は生徒会長になって、みんなをリードしたかったのです。私は4月から中学校3年生、最高学年となります。今回の貴重な体験を踏まえて、人間として一回りも二回りも大きくなれたらと思っています。”(1月27日付け中日新聞)


 滋賀県東近江市の中学生・松吉さん(女・14)の投稿文です。今の中学校の生徒会がどうなっているか知りませんが、生徒会長に立候補されたのはいい経験になったようです。何事も機会があったらやってみることです。特に若いときはそうです。その経験はいつか生かされます。松吉さんはそのことを実感されました。
 人から押されて役を引き受ける、自分から名乗り出てその役を負う。これには大きな違いがあります。例えば前者だと協力が得やすい、後者だと自分から道を開いていかなくては行けない。ボクもこの歳になればいろいろな体験をして来ました。余り積極的では無かったので、やはり前者が多かった気がします。そして後者の例として、最近では老人会会長です。このままでは潰れると思って、自ら名乗り出ました。そしてもう5年です。十分にやり甲斐を感じています。


 “東海道新幹線が開業した1964年10月、私は保育園の年長児だった。現愛知県清須市の実家は新幹線の線路に近く、車両が見えると歓声を上げた。庭で遊んでいたら見たことがない黄色の新幹線が走っていて慌てて飛び出した。この黄色の新幹線を「ドクターイエロー」と呼ぶことを知った。客を乗せない点検用車両ということも分かった。たまに目にしたこともあって、私はいつしか気にも留めなくなった。
 私は現在実家近くで暮らしている。ドクターイエローをまた意識するようになったのは、JR東海管内では1月いっぱいで運行を終えるとの報道に触れてから。雄姿を記億すべく写真に収める今日この頃だ。”(1月25に付け中日新聞)


 愛知県清須市のパート・丹羽さん(男・65)の投稿文です。ドクターイエローが1月で運行を終えるというニュースに愛好家は大騒ぎのようです。ボクは見たこともないし、それで余り興味も無かったのですが、知人が追っかけ状態でしたので、自然話題に引き込まれました。LINEで何枚もの写真を送ってくれました。その写真には多くの待ち構える人が写っていました。通過駅構内では、群衆整理に駅員が汗だくだったようです。こんなところでは平和日本を感じます。
 ドクターイエローは新幹線の点検を続けてきました。点検の多くは地上部です。そして点検するのに邪魔も入りません。しかし、地下にあるものの点検は本当に大変です。今、下水道の漏水事故など、大騒ぎをしています。昭和40年代に多く作られました。もう50年になります。これからこんな事故がどこで起こるか分かりません。関係者の努力をお願いします。


  “2月で私は60歳。思えば子どもだったとき、60歳といえば、人生もあとわずかという感じがしましたが、それも今は昔。60代はまだ現役世代で、保育園でバリバリ働く先輩たちに触れるたび、私も「まだ、老け込む年ではない」と言い聞かせています。
 今年の抱負として私は「心に余裕を持って一日一日を大切に」を掲げました。わが子3人と同じ20~30代の後輩みたいな体力や瞬発力は、残念ながらありませんが、仕事や子育てで培った人生の経験が私にはあります。それを生かしながら、園児の安全と健やかな成長を願って勤務にまい進する所存です。保育士としての仕事での疲れをいい意味でリフレッシュするために、趣味のピアノ演奏や音楽鑑賞で常にわが心をリセットしようと考えています。一日でも長く保育士を続けるのが私の目標となりました。”(1月25日付け中日新聞)


 名古屋市の保育士・水野さん(女・59)の投稿文です。60歳で定年、一区切りでしょうか。そうだとすれば、意識を変えるいいチャンスです。一生一筋、頑張るという生き方もあると思いますが、区切りを上手に使っていくという生き方もあると思います。水野さんは保育士を続けて行かれようですが、臨み方は変えてもいいでしょう。「心に余裕を持って」と言われます。大切なことです。余裕を持てばいろいろな見方ができるし、いろいろなこともできる。趣味にもっと時間を使おうと言われます。これもありです。健康である第一の秘訣はストレスを減らすことのようです。余裕を持ってば何によりです。余裕を持てば仕事にもいい影響を及ぼすでしょう。全てが良くなる、間違いないと思います。