本日(8月26日)は、自分にとって2つの意味で忘れられない日です。
ひとつは今から16年前に父親が他界したこと。自分の車好き(特に日産車)は親父の影響です。
もうひとつは今から40年前の1985年(昭和60年)に、自分が一番大切にしているオートバイ、カワサキ750RS (昭和49年式・形式名Z2-A)を手に入れた日でもあるのです。
10年前の30年目の時もやったのですが、それを記念して同じ場所で同じ格好をして写真を撮ってみましたw
カワサキZに乗ってる人は世の中にゴマンといますが、40年間同じバイクを、しかも絶好調な実走状態で維持し続けている人はそんなに多くは居ないんじゃないかと思います。
何故なら当時自分は19歳。今年還暦を迎える59歳で、自分より年上の方の事情は良く分かりませんが、そもそも40年前って「限定解除」と言われる大型二輪免許を取るのはとっても難しく(当時岐阜の試験場での合格率は3〜5%)、なかなか当時16歳〜18歳で古いZを買って乗り続けてる人は居ないだろうと思うからです。
自分は高校生の頃からZ2に乗りたかったので卒業したら絶対に限定解除をするつもりでいましたが、1年間の浪人期間を経て、専門学校に通い始めた1985年(昭和60年)4月に中免を試験場で取り、夏休みになった8月に限定解除試験を受けに行ってみたところ、1回目で合格しました。
5回で受かれば上出来と思って挑んだ試験でしたが、恐らく昭和60年に1回で限定解除した人は全国的にもかなり珍しかったと思います。
このZ2は、その年の4月に高校時代からの相棒のSちゃんがひと足先に限定解除してて、当時瑞浪市にあった「ヤマハオートセンター(現レッドバロン)」にカワサキW1スペシャルを一緒に買いに行ったところ、店の親父さんが逆チェンジのW1スペシャルは難易度が高いので「初心者には売れない」と断られてしまいました。
その時隣に並んでいたのがこのZ2で、自分が一番欲しかった貴重なRSだったため、Sちゃんに「自分が免許を取ったら必ず買い取るので今これを買って欲しい」と頼み込んで彼に買ってもらった車両なのです。
そして8月頭に自分は予定より随分早く免許が取れたので、Sちゃんは約束通りその月のうちにこのバイクを譲ってくれました。
当時製造から10年を超えた車両は車検が1年毎となり、それまで乗っていた人たちがどんどん手放していた時期です。そのため随分安く買えた訳ですが、ずっと乗り続けるには相当な覚悟が必要な時代でもありました。
こんな経緯で入手したバイクであるため、自分には他には代えるもののない特別な存在で、手放す気は全くありません。
同じ様なバイクを複数台所有しているのも、好きだからというのはもちろんですが、究極的にはこのバイクを出来るだけ長く維持する為でもあります。
クールス出演のアオキーズピザのCMのエキストラにこのバイクで参加した事も、村山さんが休憩時間にこのバイクに乗ってゴキゲンだった事も良い思い出です。
明石市の当時のカワサキオートバイ販売本社にも立ち寄った事があります。他にも色々な場所に連れて行ってくれて、色々な景色を見させて貰いました。
これからも安全運転に心掛け、健康で、体力も維持できれば、この先10年後も、このバイクと一緒に過ごしていられるかもしれません。それを目標に、今後も自分なりのスタンスでバイクに接していけたならば幸せです。
以上
インスタグラム、連動したfacebook、そして文章を1/3に削ってスレッズにも投稿したところ、インスタでコメントをくれたのは3名の知り合いのみ。facebookでは0軒。
いいねをした人も分かりますが、逆にしてくれない人も分かります。なるほどね〜と感じていますw
意外にもスレッズは全く面識のない方から多くのコメントを頂きました。ネガティブなものは一軒も無かったです。
やはり40年間、Z2を「持ってる」と言う方は居ましたが、1台に乗り続けてる人は居ない模様です。
1回で受かったという情報は、本人では無く知り合いとか肉親とかでした。自分の元チームメイトも1回で受かった者はいます。ただ、昭和60年以前に1回で受かった者がどれだけいるのかが知りたかったのです。
ハーレーダビッドソンなどの外圧から平成8年から試験場で大型二輪の免許は取れる様になるのですが、昭和50年代には合格率は1%、昭和60年頃は練習場の効果もあり3〜5%、その後徐々に合格率は上がって行った印象です。