
配備されたのは支那の安徽省。昭和18年12月の事。
南方ではなく、支那だったのは幸運だったかもしれない。
今となっては確かめられないが、きっと遺骨も帰って来てるだろうから。
日支事変から始まる、15年にも及ぶ戦闘。これが原因で太平洋戦争も戦うはめになった。その後全ての戦争を日本では大東亜戦争と呼んだ。
配備されてごく早い時期に敵機の爆撃を受けて戦死したとある。
生き残れなかった事はもちろん、戦果を上げる前にやられるのは本人としても、さぞかし口惜しかった事だろう。
苦しんだのか、即死だったのか、この記録ではそこまでは分からないが、名古屋を出港して博多から釜山に渡り、南京を通過して安徽省に行った足取りは記録されている。
享年21歳。もちろん一度も会った事は無いが、子供の頃からずっとお墓参りをしてその存在は身近に感じている。
今回軍歴を改めて確認し、伯父の名も汚さぬよう、自分は自分らしく生きて行こうと思う。



