RIP Mr.M | ROCK'N' ROLL DAYS☆ANNEX
今日は共に地方のロカビリー系イベンターとして、同じ志を持つ【同志】として思っていた男のお別れに行って参りました。
お互い1960年代の半ばに生まれ、一番多感な1980年代前半にブラックキャッツやクリームソーダの洗礼を受け、夢は(きっと)お互いロカビリースター(笑)。
だけどお互い、見た目にも恵まれてなくて(笑)、もちろんそんな器でもなくて、だけどロカビリーが大好きで、いつしか自分達の敬愛するロカビリースターを地元に招いてロックなイベントを企画する事が使命の様になっていました。
片や伝説のロカビリータウン豊橋。片やかつての中津川フォークジャンボリーの開催地。音楽的な素地には恵まれており、若い頃から多少はイベント企画を経験していたものの、40歳を超えてから新たなタイトルでイベントを立ち上げ、それを定着させるまでには、お互いなかなかの苦労がありました。
自分はラハイナの頃から豊橋のイベントには良く通って勉強させて貰ってますが、一時期豊橋の勢いが停滞した頃に、どこで噂を聞きつけたのか、自分が中津川でやっていた"クロネコナイト"に相棒の原さんと何度か足を運んで下さった事があります。
また各地の小さなイベントでも、一番顔を合わせる機会が多かったのが彼でした。現在の盛り上がってる豊橋を当たり前の様に感じている方には、そんな風に彼がある意味努力を重ねていたという事を知る人は少ないと思います。
イベントの運営については良く話しをする機会がありましたが、お互いイベンターとして、演者に対して無責任な事はしないという決意を持っている事は共通していて、以前彼から、客が入るかどうかに関わらず、ライブが始まる前にギャラを支払ってしまうと聞いた時には、自分はまだまだだと考えさせられた物です。
顔色も悪く、医者から止められてるのに、ライブでは飲み過ぎくらい飲んでしまって、もっと昔から身体を労っていたらと思うと本当に残念ではありますが、あれだけボロボロになっても最後までイベントをやれる人は他には居ないでしょう。
彼の最後の主催となったリーバイ&グレブラのライブには、自分も入院直前で身体の一部の調子が非常に悪く行ってあげられなかった事が悔やまれますが、豊橋のロカビリーシーンを愛した彼の魂は、これからも生き続ける事と信じています。
住む街も違うので「彼の分まで」などというのはおこがましいので言いませんが、自分ももう少しだけ、まだ叶えたい夢もあるので頑張ります。
R.I.P. 鈴木稔さん
