2月に愛媛マラソンを走りましたが、前後には熱海での会議や毎週のように支部との懇談会が続き、3月に入り東京マラソン、その翌週に東京での一泊二日での会議、そして先週は東京日帰り出張、翌日には理事会と忙しい毎日でした。3/123/16と二回ゴルフもしましたけど(笑 

 

 先週の日帰り出張は割と軽い内容のもので、しかも午後からでしたので仙台駅に行くまでにジョギングする余裕がありました。 5月のうみねこマラソンまであと9週間くらいなのでそろそろランニングも再始動しなければなりません。 左足小指の魚の目もスピール膏でなんとかなって、ジョギングしても当たらなくなったので練習をさぼる理由もなくなったし。

 

 お昼ご飯は神田神保町の天ぷらの老舗「はちまき」さんで、てんぷら定食。江戸川乱歩など名だたる文豪が集ったお店だそうです。

 

 会合の後は立食パーティがあるのでご飯は少なめにしてもらいました。

 

 平日ランチとはいえ、このてんぷら定食が1000円でいただけるのはお値打ちですね。名だたる文豪が集ったということに胡坐をかかず、神田の心意気なのでしょうか 大盛無料など学生さんにはうれしいお店だと思いました。

 パーティが控えていなければ採算割れしているという穴子海老天丼(1500円)をいただきたかったのですが、次の機会に。 その時は、元気になった友達を連れていきたいと思いました。

 

 東京マラソン遠征で宿泊した竹橋のホテルが会場だった会合・パーティも順調に終わり、先週の東京マラソンのことなどを思い出しつつ、日が暮れていく懐かしい丸の内の風景を楽しみながら東京駅まで歩きました。

 

 

 次の東京での会議は5月です。

 

 

亡父の思い出⑪

  伯父の了解を取った翌日、母親から実家に電話がありその旨を伝えました。母親はホッとした様子でした。 身の回りを片付け凍結防止の水抜きをして青森に戻りました。

 大したことはしていませんが疲れを感じ、また先行きの不安で押しつぶされそうでした。子供たちの顔を見たときは頑張らなければと思いましたが、病院探しは難航しました。

 青森はこの季節は、毎日雪雲が垂れ込め太陽を見ることはほとんどありません。精神的に、この頃が一番つらかったような気がします。

  父親を受け入れてくれる病院は向こうからくるわけはないので、こちらからアプローチするしかありません。青森市内には革新系の病院があり、労働組合のつながりから押していけば、何とかなりそうでしたが、私もいつまでも青森勤務になるとは限りません。

 父の入院を理由に転勤を断ることは可能かもしれませんが、先行きのことを考えると両親の親せきがそばにいる八戸の病院がベストです。

 

 いくつかの大きい病院に問合せしたもののベッドの空がなく、受け入れてくれる病院は見つかりませんでした。  じりじりと時間だけが経ち、焦る気持ちも膨らんでいく中、八戸事務所の担当課長と打ち合わせをする出張がありました。 

  業務終了後の雑談の中で、担当課長に父が出稼ぎ先で倒れたこと、八戸で受け入れてくれる病院を探していることを伝えたところ、「事務所に受検にきている整備工場のY社長がリハビリ施設もある病院の理事をしているはず。明日、向こうで時間が取れるか電話するから少し待っていろ。」ということとなりました。 

 

 幸い、アポが取れ、翌日、業務終了後に相談に担当課長と一緒に相談に行ったところ、「お父さんが倒れて〇〇(あたし)さんもお困りでしょう。そう、〇〇(あたし)さんが八戸勤務の時には本当にお世話になりました。(もちろん 八戸弁でです)」と言われました。

 八戸事務所がオープンした時、25歳だった私は立ち上げメンバーとして青森事務所から異動しました。 受検に来る整備工場の方々は地元出身出身の職員ということで若い私を何かと気にかけてくださり、私もそれに甘えることなく誠実に対応したつもりでした。その時のことをY社長は覚えていてくださったようで、親身にお話を聞いていただくことができ、ひとまず病院に理事として相談をしていただけることとなりました。 

  翌日、Y社長から病院まで連れてこれるのであれば受け入れ可能との連絡をいただいた時、あらためて仕事は誠実にするものだと思いました。 

 

 最大のハードル、受け入れ先が決まった時は2月も半ばを過ぎていました。 

  次のハードルはどうやって遷延性意識障害の状態の父親を長野県諏訪市から青森県八戸市まで運ぶかでした。

  諏訪赤十字病院は救急車を出すといってくれていますが、距離にすると800㎞。 休みなしで10時間を超える移動は主治医も難色を示していました。だからと言って、途中で一泊できる病院を探せるとは思いません。 

 となると、あとは飛行機輸送しかありませんが、果たして一般人?の病人の輸送を航空会社で受け入れてくれるのだろうか

  飛行機で搬送なんて俗にいうVIPじゃないと無理なんじゃないの? 

 

 やっぱり、中間地点あたりの仙台市内の病院をあたってみるか そういえば外郭団体に自動車事故による遷延性意識障害を受け入れている病院あるよな。 自動車事故ではないけれど、ダメもとで一晩だけの受け入れを相談してみるか、それとも、航空会社に相談が先か  どうしたものか と思いながら青森まで戻りました

 続きます