北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく -179ページ目

北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく

腰は軽いがビビリの道産子徹平が、北海道にまつわるいろんな話題を独自の切り口で語っていく。歴史好きなので「ワシが子供のころは」と言った話がほとんどで、流行には全くついていけていない。ブログを書く事で認知症を予防しようと考えている男のブログ。



先輩ブロガー・自由詩人松尾多聞さん
の導きにより、手さぐりでブログを
始めて10日が経った。



実に面白い🥳🌈


徹平の勝手な世界観で
どんどんランキングを発表しているが、
始めてみると意外に大変だと
いうことがわかった。


とにかくこの北海道は他の都府県に比べ
とてつもなく広い!

なんちゅう広さよ😬


ちょっと写真を撮りに行くだけでも
片道8時間かかかる
ところもある。

ガソリン代と高速で
諭吉さんの出番となる🥶💦

また、北海道には純粋にもうけを
考えずに色んな商品を提供する人が
まだまだ沢山いて、拙速にランキング
を発表すると、
「あっ、しまった〜😱」と後悔する
事になりかねない。


この【北海道を代表する映像ロケ地】も
本来ならもっと時間をかけて
じっくりまとめなければならないが
カミさんが目を光らせるている👿
そうもいかない。

ただ徹平の中で
1位だけはもう決まっている。


ここだ😬
人口3000人余
日本一人口の少ない歌志内市で
ひときわ目をひくこの😳廃墟



ただの廃墟とは思えない
 悲別ロマン座だ。
1953年、旧住友上歌志内砿の職員厚生施設
として建てられ、炭鉱マン向けに映画の上映や
舞台公演、有名歌手の歌謡ショーなどが
催されていたという。

ただ1971年に炭鉱が閉山になってからは
閉館になり廃墟同然に、


😳!え何?
やってんの?

わっ🤭  
まじ〜

この建物を何とか蘇らせたいという
地元のみなさんの
8年に及ぶ懸命な努力と執念が実って、
2008年から入れるようになったのである。
藤田哲夫さんが守り人となって
カフェを運営をしている。

名物はカレーだ
ひゃ〜ファンにはたまらないだろう


さて、1971年に一度閉館したこの娯楽施設
これまで2度、全国的な注目を集めた


最初は1977年 
第1回日本アカデミー賞最優秀作品
山田洋次監督の
「幸福の黄色いハンカチ」だ😎

覚えておられるだろうか?

高倉健さんが、武田鉄矢さんや桃井かおりさん
達と一緒に、奥さんの住む夕張に向かう途中
この劇場の前を通った。
そう、ストリートミュージシャンぽい人が
地元のみなさんに「銀座カンカン娘」の
歌唱指導をしていたような・・・
そう!このシーンである。


ストーリーと全く関係ないが
非常に印象的なシーンだ。


炭鉱町の人々が青空の下、劇場の前で歌う
「銀座カンカン娘」は底抜けに明るかった。
 (歌志内で銀座の歌を歌うのがスキ🥳)
 映画が一気に陰から陽に変わったような
印象を受けた。


山田洋次監督は相当こだわってロケ地を
ここに選んだはずだ。


ぜったいに。


そして2度目は
1984年日本テレビ系列で放送された
倉本聰脚本のテレビドラマ
「昨日、悲別で」。


これについてはロマン座に飾られている
写真が雄弁に語ってくる
天宮良(右)と石田えり(左)    
「北の国からのついでに作られた作品ですよ」
  って藤田さん はにかんでいたけど、

決してそうではない。

写真から
この作品にかける全関係者の
思いが伝わってくる。

そして
倉本聰がロケ地の選定を
間違えるはずはない。
倉本先生の肖像画

そして全国から多くのファンが
忘れずにこの地を訪れる。



「昨日、悲別で」はDVD化されなかった
ので伝説的な作品になっている😦



山田洋次と倉本聰
二人の巨匠がこだわってロケ地に
選んだ歌志内市の「悲別ロマン座」。


藤田さんの懸命な努力で復活し
今もこの建物を存続しようと
孤軍奮闘している事を考えても••••
        「フジタが倒れるか、ロマン座が倒れるか」
                と語る守り人の藤田さん
                                   映写機も当時のままだ
                       最後の上映は30年近く前か😢


決定!決定!
ここをあっしの
北海道映像ロケ地NO1とさせていただく😬


頑張れ!ロマン座

 


おしまい😎