いきなりで恐縮ながら…東大受験を日本史選択で目指している受験生の皆さんに,
こんにちわ!東大PJ日本史担当のDR.TEPOです!
これからどんな展開になるかと思いますが…今後とも宜しく。
東大日本史入試問題に直結した話や,早慶上智・MARCH受験者のためになる(?)かもしれない話など,このブログを使って発信していくことになりました。
まずはあいさつがわりに以下の一問,東大入試問題への対策として「2012年4月」「東大テストゼミ」の第一問として実施したオリジナル問題です。解いてみませんか??
制限時間は15分(過年度卒は10分!)
時計の用意は出来ましたか?筆記用具は?緊張してきましたか???
それでは始めてみましょう。…
第1問
古代における倭・ヤマト王権と中国・朝鮮半島との交渉に関する文章について、下記の設問に解答せよ。
(1)高句麗広開土王碑文によると、辛卯年(391年)以降、朝鮮半島南部に勢力を展開した倭と百済・新羅らが高句麗軍と400年、404年にわたって交戦したとされる。倭は朝鮮半島南部の資源や文化・技術の導入をめぐって朝鮮半島の支配に介入していた。
(2)438年、倭王讃が没したため、弟の珍が後継した。彼は南朝の宋に朝貢し「使持節都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王」と称し、正式の任命を求めた。4月、宋の文帝が珍を安東将軍倭国王とする。珍はまた、倭隋ら13人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍への任命を求め許可された。
(『宋書』倭国伝)
(3)478年、倭王武は「使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事安東大将軍倭国王」と自称し、国内では東の毛人、西の衆夷、さらに海北(朝鮮半島)への軍事支配も主張しつつ、南朝の宋に上表して叙任を求めた。宋の順帝は武を「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王」に任じた。(『宋書』順帝紀、倭国伝)
(4)埼玉県稲荷山古墳出土鉄剣銘によると、辛亥年(471年)の年代表記に続いて、祖先のオホヒコからヲワケに至る8代にわたる豪族の系譜と、代々「杖刀人(武人)」として大王に仕えており、ヲワケが「ワカタケル大王」の「治天下」を助けたと刻印されている。
(5)島根県岡田山一号古墳出土太刀銘には「各(額)田部臣(ヌカタベノオミ)」と表記されており、5世紀に地方の有力豪族がヤマト王権に服属し、特定の称号を与えられて支配に組み込まれていた実態を知ることができる。
設 問
A 5世紀のヤマト王権が積極的に中国に朝貢し冊封を受けていた理由を、対外的な理由と国内統治からの理由をそれぞれ示し併せて4行以内で説明せよ。
B 5世紀におけるヤマト王権の日本における政治制度や地方支配について2行以内で説明せよ。
実は…この問題は「2012年:東大テストゼミ」の実施問題であるだけではなく…
東大2013年前期入試問題・第一問の的中問題でもあるんです!
ガッツで解答しよう!!予想得点は10点前後ですが,もっと取れますか??
回答した場合は,用紙に記入の上,東大テストゼミ生へ登録した場合に添削・解答を送付しますのであしからずご了承ください。
それではまた!
http://www.rinkaiseminar.co.jp/event/todaitest.html
こんにちわ!東大PJ日本史担当のDR.TEPOです!
これからどんな展開になるかと思いますが…今後とも宜しく。
東大日本史入試問題に直結した話や,早慶上智・MARCH受験者のためになる(?)かもしれない話など,このブログを使って発信していくことになりました。
まずはあいさつがわりに以下の一問,東大入試問題への対策として「2012年4月」「東大テストゼミ」の第一問として実施したオリジナル問題です。解いてみませんか??
制限時間は15分(過年度卒は10分!)
時計の用意は出来ましたか?筆記用具は?緊張してきましたか???
それでは始めてみましょう。…
第1問
古代における倭・ヤマト王権と中国・朝鮮半島との交渉に関する文章について、下記の設問に解答せよ。
(1)高句麗広開土王碑文によると、辛卯年(391年)以降、朝鮮半島南部に勢力を展開した倭と百済・新羅らが高句麗軍と400年、404年にわたって交戦したとされる。倭は朝鮮半島南部の資源や文化・技術の導入をめぐって朝鮮半島の支配に介入していた。
(2)438年、倭王讃が没したため、弟の珍が後継した。彼は南朝の宋に朝貢し「使持節都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王」と称し、正式の任命を求めた。4月、宋の文帝が珍を安東将軍倭国王とする。珍はまた、倭隋ら13人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍への任命を求め許可された。
(『宋書』倭国伝)
(3)478年、倭王武は「使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事安東大将軍倭国王」と自称し、国内では東の毛人、西の衆夷、さらに海北(朝鮮半島)への軍事支配も主張しつつ、南朝の宋に上表して叙任を求めた。宋の順帝は武を「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王」に任じた。(『宋書』順帝紀、倭国伝)
(4)埼玉県稲荷山古墳出土鉄剣銘によると、辛亥年(471年)の年代表記に続いて、祖先のオホヒコからヲワケに至る8代にわたる豪族の系譜と、代々「杖刀人(武人)」として大王に仕えており、ヲワケが「ワカタケル大王」の「治天下」を助けたと刻印されている。
(5)島根県岡田山一号古墳出土太刀銘には「各(額)田部臣(ヌカタベノオミ)」と表記されており、5世紀に地方の有力豪族がヤマト王権に服属し、特定の称号を与えられて支配に組み込まれていた実態を知ることができる。
設 問
A 5世紀のヤマト王権が積極的に中国に朝貢し冊封を受けていた理由を、対外的な理由と国内統治からの理由をそれぞれ示し併せて4行以内で説明せよ。
B 5世紀におけるヤマト王権の日本における政治制度や地方支配について2行以内で説明せよ。
実は…この問題は「2012年:東大テストゼミ」の実施問題であるだけではなく…
東大2013年前期入試問題・第一問の的中問題でもあるんです!
ガッツで解答しよう!!予想得点は10点前後ですが,もっと取れますか??
回答した場合は,用紙に記入の上,東大テストゼミ生へ登録した場合に添削・解答を送付しますのであしからずご了承ください。
それではまた!
http://www.rinkaiseminar.co.jp/event/todaitest.html