「それでスタジオ中大爆笑だし、マジ大変だったんだから。」
俺の話に斜向かいに座った智君がゲラゲラ笑う。
「んふ、んはははは、さずが翔ちゃん!」
鼻にかかった声でだいぶ酔ってるのがわかる。
「今だから笑えるけど、笑いごとじゃなかったんだよ、マジで。」
俺も笑いながらグラスに口をつける。
ツマミは智君が用意してくれた刺身と湯豆腐。
薬味もたっぷり。
豆腐に零れないよう薬味をのせて口へ頬張る。
ああ、美味し。
料理って全然わかんないけど、今日の湯豆腐は本当にめっちゃ美味い。
湯豆腐ってお湯で豆腐を茹でるだけじゃないの?
なんでこの湯豆腐はこんなに旨いんだろ?
「んふふ、はぁ、楽し!」
智君がグイッとグラスを傾ける。
飲み過ぎ……?
顔が結構赤い。
まぁ、大丈夫か。
ここは智君ちだし、早起きも必要なさそうだし……。
介護要員としての使命、全うしますよ。
飲み過ぎを心配する俺をよそに、智君がニコニコしながらスマホを開いて何か始める。
「どうしたの?」
「松潤、呼んじゃおっか。」
「松本……?」
「この間も楽しかったじゃん。翔君ちで!あんま覚えてないけど。」
今から?
もう12時だぞ。
どっかで飲んでるかもしれないし、この間だってちょっと迷惑そうじゃなかった?
「今日は止めとこうよ。」
「どうして?」
智君がトロンとした顏で俺を見上げる。
あれ?こんな距離感だったか?
まずい!
酔い過ぎだよ、兄さん!
「遅いから。」
「この間と同じくらいじゃね?」
「この間より遅いよ。」
智君の手からスルッとスマホを取り上げる。
「ヤダ、呼ぶ!」
智君が、身を乗り出して俺からスマホを奪おうとする。
ヤダって、子供か!
「ダメ!眠そうじゃない、あなた。」
「寝ぶぐない~っ!」
そんな鼻声で何言ってんだか。
奪ったスマホを後ろに隠すと、智君がそれを取ろうと俺に圧(の)し掛かって来る。
「うわっ、ちょっと!」
ガタンとテーブルが揺れて、湯豆腐の鍋がチャポッと音を立てる。
「危ないって!」
全く気にすることもなく、俺の手の中のスマホに向かって手を伸ばす智君を避ける。
「スマホ!」
「止めとこ、今日は!」
「ヤダって!」
そんなに松本を呼びたい?
俺と二人はイヤ?
二人だと飽きちゃう?
俺の腰の辺りから後ろに向かって手を伸ばす智君は、俺の右のあばらに頬を押し付けてる。
「今日は二人で飲みたいな……。」
ポツリとそう言うと、智君が顔を上げる。
「俺と二人だと……間が持たない?」
少し困った顔をした智君が、俺から離れて胡坐をかいて、チラッとこっちを見る。
「お、おで(俺)、翔君と二人だと……甘えちゃってらめ(だめ)なんだよ。」
ダメって何が?
首を傾げて智君を見ると、智君がプイッと顔を横にする。
「おら(ほら)、そーゆー顔すんだろ!」
え?俺、どんな顔した?
「そーゆー顔なんて言われてもわかんないよ。」
「だからっ!」
智君が、赤い顔のまま、意を決したように俺を真っすぐ見つめる。
「もっと……甘えたくなんだろ。」
「甘えたって……。」
いいよと言い掛けた口を塞がれた。
塞いでいるのは智君の唇で。
この状況はどんな状況?
考えたいのに頭が回らない。
俺もかなり酔ってる?
結構強い方だと思ってたのに。
頭の中が真っ白ですっからかん。
でも、思った以上に兄さんの唇は柔らかく、あったかくって気持ちいい。
智君の手が俺の後頭部に回って。
さらに強く押しつけられた唇に、俺の体が斜めになっていく。
俺の後頭部を、智君の大きな手が包み込んでゆっくり床に着地した。
「今晩だけでいいから……甘えさせて……くれる?」
智君の指が、俺のシャツのボタンを外していく。
なぜか抵抗できない俺は、ただ智君を見つめて……。
徐々にアップになっていく智君の睫毛は思ったより長くて。
柔らかそうと思っていた頬は意外と固くて。
重なる唇は、やっぱりしっとりしていて。
目をつぶることなく見ている俺は、そっと智君の背中に腕を回した。
松本を呼びたくなかった本当の理由はこれか。
俺は、こうなることをどこかで望んでたのか?
「兄さん……酔ってる?」
「酔ってる。翔君は?」
「俺も……酔ってる。」
グイッと体を反転させて、智君を下にする。
酔っぱらってるからしょうがない。
智君が酔ったら最後まで介護しなきゃならないし、
俺も酔ってるから受け入れてもしょうがない。
重なる体に、鼓動が早くなっていく。
「だいじょうぶ、翔君。久しぶりに一緒に踊るだけだから。」
うん、そうだね。
踊るだけなら悪いことじゃない。
踊ろう、思いっきり。
汗だくになって踊れば、それ以外は何も考えられなくなる。
智君のダンスはずっと見てきた。
その世界に浸るのは、きっと気持ちいいに違いない。
今晩だけ。
今晩だけだから。