翔が私の愛に飢えている。
そう思うと合点がいくことが幾つもある。
中学生になってからの素っ気ない態度。
反抗期だと軽く思っていたが、それも私に対する抗議だったのかもしれない。
もっと愛してくれ、もっと自分を見てくれ、もっと自分のことを考えてくれ!
そういう気持ちからの反抗的態度だったのではないか。
智にべったりなのもそれだ。
私と血のつながった智に、私を重ねているのではないだろうか?
翔とは血が繋がっていない。
そこの微妙な関係が、翔を素直にさせないのかもしれない。
あのキスもそうだ。
翔は……昔のように、キスするくらいのスキンシップを求めているのではないか。
翔は和美の子だ。
和美は本当にスキンシップを取るのが上手だった。
翔はそこに愛を感じるのではないか?
くっつきすぎなくらいのスキンシップに!
確かに大きくなるにつれ、私からのスキンシップは減っている。
それが常識的だと思っていたし、私が実際そうだった。
私を可愛い可愛いとこねくりまわす母が煩わしいと思っていた時期があった。
だから、息子たちには拒否される前に身を引こうと思ったのが、あだとなったか。
考えれば考えるほど合点がいく。辻褄が合う。
翔は体中で私の愛を、スキンシップを欲しているのだ!
すまない、翔。
パパは自分が傷つくのを恐れ、スキンシップをおろそかにしていたよ。
まさか翔が、それほどまでに私を欲しているとは夢にも思わず!
大丈夫。パパは心から翔を愛している。
何ものにも変え難い、私の大事な息子だ!
例え血が繋がっていなくとも、翔は私の可愛い息子だ!
どうしたらこの気持ちをわかってもらえるのだろう?
……やはりスキンシップで示すのが一番か?
私はゆっくりハイボールを飲み、ソファーでスマホを弄る翔を見る。
翔の指はひっきりなしに動いている。
こっちを気にしている素振りはない。
今日は智がバイトの日だ。
夕飯は私が作った野菜たっぷりのミネストローネとチキンのソテー。
チキンを一口大に切り、口へ運ぶ。
うん、外はパリ、中からはジュワッとうま味が広がる。
唇に着いた油を舐め、また翔をチラ見する。
今なら……二人っきりの今なら、翔も恥ずかしがらず甘えてくれるんじゃないか?
だが、相手は男子高校生。
そう簡単に素直になってくれるか……。
素直になりたくてもなれない年頃だ。
適当にあしらわれるかもしれない。
冷たい態度を取られるかもしれない。
いいや、だからと言って何もせずにいていいものか。
私が翔の気持ちに気付くのが遅かったのがいけないのだ。
ここは勇気を出して!
「翔。」
声を掛けてみる。
翔はスマホから顔を上げず答える。
「何?」
声を掛けてみたはいいが、何をどうしていいかわからない。
「ちょ、ちょっと話がしたいんだが……。」
翔がスマホから顔を上げる。
相変わらずキレイな顔だ。
智とは違う、気の強そうなところがまた可愛い。
大きな目に乗った二重の幅はどうだ。
これ以上完璧な二重があるか?
涙袋なんて、これをモデルにみんな描いているのじゃないかと思えるほどだ。
シャープな顎は和美譲り。
全体の配置も完璧。
誰が見ても溜め息をつくにちがいない。
「何?」
翔が小首をかしげて私を見る。
「ああ、……今度の旅行なんだが……。」
何を話せばいいかわらからないので、近場の話を持ってくる。
とっさに思いつく共通の話題がない。
こういうのがいけないのだ。
普段から共通の話題を探っておかなくては!
「どこを回るか決めたのか?」
「ああ、それ、今検索してるとこ。」
翔がスマホにまた視線を戻す。
「だいたい考えてみたけど、智は釣りに行きたいって言ってるし、
ホテルの近くの水族館とかも見てるんだけど、車じゃないと行けないみたいで……。」
スマホを操作しながら話す翔の横顔もまたいい。
理知的な瞳に、厚めの唇は、女子がキャーキャー言うだろう。
「翔は行きたいとこないのか?」
「あるにはあるけど……ちょっと遠い。」
「遠いってどれくらい?」
「車で1時間くらいかな。電車だと2時間かかる。」
「じゃ、車で行くか?」
「それじゃオヤジが大変だろ?」
今回の旅行は新幹線で行くことになっている。
その方が私が楽だろうと二人が言ってくれて。
だが、旅先のことを考えれば、車の方が移動が楽だ。
「じゃ、向こうでレンタルしてもいい。」
「あ、そうだね、それは考えてみてもいいかも。」
なかなかいい感じに話せてるじゃないか。
この調子なら……。
私はハイボールを持ってソファーに移動する。
気付いた翔が、ソファーを半分分けてくれる。
並んでソファーに座るなんて、何年ぶりだろう。
「翔が行きたいとこはどこなんだ?」
「ん~、夕陽が絶景のスポット。」
翔がスマホをタップして私に見せてくれる。
「ほぉ、キレイだな?」
「でしょ?しかも、ここ、ハートに見えてインスタにめっちゃ載ってる。」
翔の指先を見ると、確かにハートに見える。
自然の神秘か偶然の産物か。
ハートに輝く夕陽は確かに絶景だ。
「ここの近くに智が好きそうなラーメン屋もあるんだ。
海見ながら食べるラーメン屋。よくない?」
「良く知ってたな、そんなとこ。」
「友達のオススメ。めっちゃいいから行ってみ!って。」
翔が可愛い顔で笑う。
いい感じに素直になってるんじゃないか?
この調子なら……?
ハイボールを飲んでグラスをテーブルに置く。
翔はスマホを指でスクロールしている。
「こうやって二人で話すのも久しぶりだな。」
翔の黒目が斜め上を向く。
「そうでもないんじゃない?」
「二人っきりは久しぶりだよ。いつも三人じゃないか。」
翔が、ああとうなずく。
「そっか。確かに久しぶりかも。」
少し、翔の方にお尻をずらす。
翔が不思議そうに私を見る。
う~~~っ!
これ以上どうスキンシップを取ればいいんだ!?
和美のように自然にスキンシップなんて取れるわけがない!
肩を組むか?
腰に手を回すか?
ギュッと抱きしめる?
え?いきなりそれはびっくりするだろ!
ええい、いっそこのままチューしてしまうか!?
反抗的な態度もなく、素直な翔に私の方が動揺している!
と、とりあえず、肩を組もう!
これならなんとでも言い訳が立つ!
私は思い切って翔の肩に手を回し、翔のスマホを覗き込む。
「こ、ここか?さっき言ってたラーメン屋は。」
翔の体が若干反り気味になる。
だが、払い退けられてはいない!
いやだったら、押し退けるなり、払い退けるなりするはずだ。
やはり、翔は私のスキンシップを恥ずかしがりながらも求めているのだ!
私はできるだけ柔らかい表情を作り、翔を見つめる。
「翔……いいんだよ。素直になって。」
翔がドキッとした顔をする。
ああ、やっぱり!
翔は私を求めていたのだ!
「オヤジ……気付いてたの……?」
気付いたよ、やっと!
「お、俺……。」
翔の声が小さい。
ここは聞き洩らすわけにはいかない。
顔を近づけ、翔の次の言葉を待っていると、ガチャッとリビングのドアが開いた。
「え?父ちゃん……と翔ちゃん……?」
びっくりした顔の智が、私と翔を交互に指さした。