櫻井の車の助手席に乗り込んだ大野がシートベルトを締める。
「あれ、誰に頼まれたの?」
既にエンジンをかけていた櫻井がアクセルを踏む。
「依頼人のことはしゃべんねぇよ。」
「えらいねぇ。ちゃんと守秘義務守って。
じゃ、勝手にしゃべらせてもらうよ。」
櫻井の車は順調に走り出し、大野もグッとシートに体を沈める。
「honeyのところは『なんでも屋』。探偵でも弁護士事務所でもない。」
大野は窓から外を見渡す。
幹線道路に出るまでは都心とは言え、のどかな風景が広がる。
遮る物のない、夕焼け空を飛ぶのはハトかカラスか。
「そこに依頼してくる人物。新規の客は皆無……とは言わないけど、ほぼない。」
「なんでだよ。」
睨む大野を、櫻井がチラッと見る。
「流行ってたらこんなにお金に困ってないでしょ?
前は他にも雇ってたらしいじゃない。」
「外部スタッフな。今も必要なら頼んでるぞ。松本とか。」
「ははは、あいつも外部スタッフ?
ま、それはさておき、大野さんとこのPR力じゃたかが知れてる。
広告代理店勤務の俺が言うんだから、間違いない。」
ケッと吐き捨てるように口を尖らせた大野が、胸の前で腕を組む。
「で、誰だと思うんだ?広告代理店のエリート営業マンさんはぁ?」
「楓さんでしょ?道明寺楓さん。違う?」
大野が渋い顔をする。
またチラッと大野を見た櫻井は、楽しそうに笑う。
「でも、楓さんが大崎議員や鳥居京子を知ってるとは思えない。
楓さん繋がりで行くとすると……池上議員辺りかな。
被害者の大崎新之助は池上議員と同じ政党だからね?」
次々と言い当てられ、面白くない大野は櫻井を睨みつける。
「ウチへの依頼は鳥居京子に話を聞くまで。
今のをまとめてばあさんに報告すればそれでお終い。」
「本当にお終いだと思ってる?」
「お終いだよ。」
車が幹線道路に入り、窓の外を見ていた大野の顔を夕陽が染める。
高速道路の柱の影に入ると、大野の顔が窓に映る。
じっと外を見据え、真剣に何かを考える大野の顔に、櫻井はゾクッとする。
「……大星一郎は、シリウス……芹沢トーマ?」
「さぁな。」
「だとしたら今回も薬で……。」
大野がう~んと腕を上げ、頭の上でそれを組む。
「そうだ。だから動機は見つからない。
動機なんてないんだから。」
大野は真正面の白い車のテールランプを見ながら答える。
「シリウスに……トーマに操られただけ。」
「なぜ?トーマは今、どこに?」
「海外でほとぼり冷めるの待ってるんだろ?
でも必ずやつは戻って来る。ニノを取り返すために。」
「二宮さん……。シリウスの……弟でしたっけ?」
「ああ……トーマはニノに執着してる。
シリウスは……トーマとニノだと言っていた。
……だから連星なんだろ。」
「今回の大星一郎がその芹沢トーマだとすると……戻って来たってこと?」
大野は前を見ながら鼻の穴に指を突っ込む。
「さぁな。あいつが時々戻って来てたのは確認済みだ。
ただ、1日2日の一時帰国ばかりだった。毎回偽名でな……。」
「偽名……。本格的に戻る予定ではない?」
「だろうな。あいつを警戒してるのは、俺らだけだ。
本名で戻っても問題はない。
なのに偽名を使うってのは……遊んでるんだよ。
ニノを泳がせて。」
鼻の奥をほじくろうとした大野の指が止まる。
「いててて。」
指を鼻から出し、その指を櫻井に向ける。
「取れない……。」
眉尻を下げ、泣きそうな顔の大野に櫻井が笑う。
「あはははは、ほら。」
後部座席に手を伸ばし、ティッシュを2枚抜き取り大野に差し出す。
ティッシュを受け取り、指を拭く大野に、櫻井がさらに聞く。
「何の為に?シリウスは何の為に大崎を?」
「わからん。」
「いつものカードの代わりに名刺を置かせたのは、鳥居京子を犯人にする為?」
「わかんねぇって言ってんだろ?
憶測で話すのは好きじゃねぇ。」
大野は再び窓の外に視線を移す。
以前、楓に頼まれて、二宮が帳簿のチェックをしたことがある。
それを取りに来たのが大崎だった。
名前を覚えていたわけではないが、新聞の写真で思い出した。
二宮も気付いたか……。
今回の楓の依頼。
『大崎から頼まれた物は今、どこにあるのか。』
誰にも気づかれないように、聞き出して欲しいと言っていた。
大崎は、帳簿を京子に渡したのか?
それはトーマの父親、池上議員の政敵、御村聖一に関わる物だった?
京子の答えからすると、帳簿は警察に押収されたか、大星一郎=芹沢トーマの手の中……。
二宮に勘付かせるわけにはいかない。絶対に。
「今回のこと、ニノには絶対言うなよ。
相葉ちゃんにも。」
「そりゃ、かまわないけど……口止め料はいただきますよ。」
櫻井が笑ってハンドルを切る。
車はキレイなカーブを描いて右に曲がる。
空の色は徐々に色を増し、遠くに見える山々が濃い紫に変わって行く。
「でも、二宮さんが依頼を受けたんでしょう?」
「ニノは依頼内容を知らない。ばあさんとは直接俺が話した。
適当に、肩揉み頼まれたとでも言っておくさ。」
「それで二宮さんを騙せますかねぇ?」
「じゃあ、性感マッサージを頼まれたってことにするか?
80過ぎのばあさんでも、これは話せないだろ?」
大野は笑って、再び鼻の穴に指を突っ込む。
「あ~、あんまりやると痛くなるから。」
櫻井が大野の腕を掴んでやめさせようとする。
「もうちょっとなんだよ!」
信号で車が止まると、櫻井が大野の鼻をペロッと舐める。
「綺麗な鼻の形が崩れる。」
驚いた大野の指が鼻から抜ける。
「鼻の形なんか気にするか?」
「気にするでしょ。honeyの鼻の形なら。」
「俺はそれより鼻クソの方が気になる。」
大真面目な大野の顔を見て、櫻井が声を上げて笑い出す。
「んはははは。だからhoneyなんだよ。」
「はぁ?」
信号が青に変わってアクセルを踏んでも、櫻井は笑い続ける。
「バランス感覚とギャップにゾクゾクするね。」
大野は清々しく笑う櫻井の横顔を見て、首を傾げる。
「鼻クソと鼻の形でそんなに笑えるか?
しかもゾクゾク?ほんとお前、変わってんな。」
「さ、このままホテルに直行。
スーツ脱がせる楽しみもあることだし。」
櫻井がニヤッと笑う。
「おい、ちょっと待て!報告書!」
「適当に書くんでしょ?楓さんには直接話せばいい。
その方が楓さんも喜ぶでしょう。」
笑う櫻井の顔を夕闇迫る空の色が染める。
そろそろネオンが耀く頃。
「お前、仕事中じゃねぇの!?」
「大丈夫。直帰するって連絡入れてあるから。」
「いつの間に!?
車は?これ、営業車じゃねぇの?」
「自家用車、持ち込みなんで。」
「通りで乗り心地のいい……って、そんなことはどうでもいい!」
「さっきも言ったでしょ?口止め料。」
フロントガラスにネオンが反射する。
大野は溜め息をついて、窓の外に目を向ける。
人の多くなってきた通りには、ピンクや紫のネオンが立ち並ぶ。
トーマはきっともう日本にはいない。
帳簿が手に入ったなら、もう日本に用はないだろう。
だが、京子に名刺を残させたのは、警告だ。
事件を知れば、大野と二宮は気づく。
またあの忌々しいカードを目にする日が来ることを。
それも近々。
今は少しでも……穏やかな時間を。
「仕方ねぇ。口止め料、きっかり払ってやるよ。」
「へぇ、めずらしい。」
「うるせぇ。」
まだ明るさの残る空に、星が一つ瞬く。
天体で一番明るい恒星、シリウスが輝く中、
二人を乗せた車がネオンの街に消えて行く。
穏やかで激しい時間を迎える為に。
う~、人の名前が多くてわかりづらいねぇ。
これを超嵐で書くのは失敗だったか!?
でも「し」から始まる曲、結構書いてて、
シリウス見たら、この二人しか浮かばなかったんだもん~!
でも、楽しみました♪
これから、みんなのも読みに行きます♪
連絡いただいた方のは必ず読みに行くからね~!