ゲームは盛り上がって、酒もどんどん進んで。
はしゃぎながら女の子たちは帰り、俺ら男だけが残る。
「悪いね。」
そう言いながら、片付けを手伝う俺らに潤が指示を出す。
海の家をやってるのはこのイケメン。
通りで可愛い子が多かったわけだ。
サマーニットが潤狙いなのは、俺でもすぐわかった!
「あ、それそっち。雅紀は洗い物してくれる?」
「OK。翔ちゃん、テラス見て来て。もう洗い物ないか。」
「あ~、まだあったな。」
泊まる所を提供してくれるんだから、これくらい大したことはない。
潤の家は、海の家から歩いて3分の所に民宿もやってて、
そこに今日は泊めてもらうらしい。
格安どころか無料(タダ)で!
潤のお母さんは雅紀がお気に入りなんだそうだ。
雅紀が泊まりに来るなら、友達が数人付いてても構わないんだって。
マダムキラー雅紀の本領発揮!
テラスのグラスを片づけていると智がやってくる。
「手伝うよ。」
「おぅ、サンキュ。」
実家がオレンジを作ってて、自分は椅子を作ってる爪が青く汚れてる男は、
智と言う名で一つ年上だった。
俺が知り得た情報はそれだけ。
ああそうそう、一番俺好みのスレンダーでショートカットの子は智狙いだったな。
何かって言うと隣に行って笑い掛けてたから、間違いない!
「雅紀とは小さい頃からの友達?」
ゴミをひとまとめにしながら話しかける。
チカチカ光るイルミネーションと月明かり。
「違う、高校で一緒。」
家の中の照明が届くのはテラスの真ん中まで。
ここまではほとんど届かない。
「結構仲良さそうだよね?」
時折り、ザザァーッと寄せる波の音。
「そうかぁ?」
智がふにゃっと笑う。
笑った時の目尻の皺!
なのに、腕は逞しくって。
「椅子作るのって大変?」
ん?と斜めに顔を上げる智。
俺より若干背が低い。
「そうでもないよ。まだ規定品しか作らせてもらえないけど。」
智がクスクス笑う。
「綺麗に仕上がると、うわってなる。自分に。」
クスクス笑いが大きくなる。
楽しいんだな、椅子作り。
「今作ってんのは青いの?」
「青?」
智が自分の爪の汚れに気付いて、もう片方の手でゴシゴシ擦る。
「取れないんだよ、なかなか。」
擦ってもとれない爪を俺に見せる。
「東京から人が来るって言うから、ちょっとは綺麗にしようと思ったのに。」
恥ずかしそうに笑うけど、自分を蔑んでるわけじゃない。
智からはどこか自信が伝わって来る。
自分の足で立ってる者の自信。
遊びに来た大学生とは違う、大人の自信。
「これ置いたらさ、少し浜に出ない?」
「浜?」
智が顎でクイッと海の方を差す。
「いいよ、これ下げればほぼ片付け終わるし。」
智がニコッと笑ってグラスと皿を持つ。
「あ、待って。」
俺はその皿の上に、乗せきれなかったゴミを乗せる。
「え、それじゃ飛んじゃうよ!」
「大丈夫大丈夫。智の運動神経をもってすれば!」
「知らないくせに~。」
智は笑いながら皿を運ぶ。
もちろん、ゴミなんて一つも落とさない。
落しそうになっても、バランスを取って未然に防ぐ。
椅子作りって、運動神経も必要?
皿を下げたその足で、智と並んで浜に下りる。
ビーサンの間に砂が入る。
サラサラの砂。
全く気にならない風な智が、前を歩いて両手を真上に伸ばす。
右手で左肘を掴んで背中を伸ばす智に、月明かりが当たる。
綺麗なシルエット。
「月でもさ、道ができるんだよ。」
智が地平線の方を指さす。
「今日はダメかぁ。月が高ぇな。」
智の言う高い月は半分くらいの大きさ。
「もうちょっと丸くって、低い時なら見えるんだけどなぁ。」
それを俺に見せたかったの?
波打ち際、濡れてない部分に、智が躊躇なく腰を下ろす。
俺も並んで……ちょっとためらいながら腰を下ろす。
膝の上で手を組むと、智も同じ格好してて笑える。
「何?」
智が訝しそうな顔をする。
「だって、同じ格好。」
智も膝の上の手を交互に見て、んふふっと笑う。
「マジか。俺ら気が合うな。」
智の笑い声が波と戯れる。
智の声は気持ちいい。
高くなく低くなく、波とも月ともうまく交わる。
「いい子、いた?」
「え?」
振り向くと智がクスッと笑う。
「女の子。」
「ああ、相手にされてないって感じ?」
遊ぶにはいいけど、俺らなんて相手にされてないよ。
すぐ帰っちゃうし。
仲良くなってもしょっちゅう会えるわけじゃないし。
「マユ……。」
マユ?
「あ、ストライプのシャツの子、あんた狙いだったじゃん。」
俺?
そうだった?
「気付いてなかったの?」
「全然。」
ゆっくり首を振ると、智がプッと吹き出す。
「これじゃダメだ。しょうがないね。翔ちゃん、鈍感だった!」
「違うよ、たまたま気づかなかっただけ!」
たまたまってなんだ?
自分で言ってておかしくなる。
「ショートカットの子が智狙いなのは気づいたから!」
「ショートカット?ああ、東京から来た子?」
そうだったの?
同じ大学?
全然知らなかった。
俺の顔を見て、智がクスクス笑う。
「翔ちゃん、女の子に全然興味なし?」
まさか!興味ありありですよ!
でも今は……。
正直、女の子より、隣の月明かりに浮かぶ男から目が離せない。
声も、仕草も、笑い方も、爪の先の青い塗料も。
「翔ちゃん……?」
俺を見て、きょとんとする智。
「え?マジで女の子に興味なし?」
智の顔が近づく。
ザザァッと打ち寄せる波が俺のビーサンを濡らす。
あれ?どうして俺、こんなに智に興味あんだろ?
女の子より、濡れたビーサンより、智が気になって仕方ない。
じっと見つめる俺に智の顔が近づく。
「んはは、俺に惚れたか?」
ニッと笑った智の唇が、チュッと俺の唇を掠める。
え?と思う間に智が立ち上がる。
「戻ろ。波、来ちゃう。」
後ろ姿の智のTシャツが風に靡く。
え……。
ええっ。
「えええええっ!」
俺が上げた声に、智が笑ってるのが後ろ姿でもわかる。
なんだ?
え?どういう意味?どういうこと!?
ザァッと打ち寄せる波に、ビーサンがほぼほぼ濡れて。
それでも立ち上がれない俺。
智の感触が、まだ唇に残ってる。