「ごめん、ショウ君、少し一人にしてもらってもいいかな?」
家に帰ったおいらは、駆け込むようにアトリエに入る。
「……サトシ?」
車の中でもずっと考えてた。
おいら達を、ショウ君を描くこと。
考えだしたら止まらない。
おいらはスケッチブックを取り出し、鉛筆を持つ。
ショウ君なら、どんなショウ君だって思い起こせる。
初めて会った頃の幼稚園のショウ君。
竜の木を探しに行った時の頼りになるショウ君。
部活三昧で汗だくのショウ君。
モテモテだった高校時代のショウ君。
可愛いショウ君も、カッコいい翔君も、優しいショウ君も、色っぽいショウ君も。
どんな構図?
何を使って描こうか?
どんな色を使う?
おいらの中のショウ君を、どんな素材で?
素材なんてなんでもいいか。
ショウ君そのものがおいらの愛だから。
ショウ君そのものが、おいら達の愛のカタチ。
全身?
顔?
目?
上半身?
下半身……はさすがに恥ずかしいか。
見返り美人のように後ろから?
肖像画のように前から?
ドガのように煽る?
マンテーニャのように足の裏から?
ショウ君はどこを切り取ってもいい。
撫で肩も、手首も長い指も。
細い足も、小さな膝小僧も、ちょこんと出たくるぶしも。
腰骨のへこみも、おへその形も、小さな乳首も。
薄い喉仏、顎のライン、耳の形。
厚めの唇に、綺麗に通った鼻筋、大きな瞳。
とにかく、思いつく限り、ショウ君をさらっていく。
ページがいっぱいになると、次のページ、次のページへと。
ショウ君であふれるおいらのスケッチ。
おいらの中はこんなにショウ君でいっぱいなんだとびっくりするくらい。
夢中で描いて描いて描いて。
気付いたら、外は真っ暗になっていて。
「ハッ、やばっ、ショウ君?」
声に出して、耳を澄ます。
物音は聞こえない。
夕飯、どうしただろ?
そっとアトリエを出る。
リビングに明りは点いてるけど、人の気配はない。
今、何時だろ?
時計を見ると、10時を回ってて。
「ショウ君……?」
声を掛けても返事はない。
どこにいるんだろ?
キッチンに行ってみる。
キッチンは……びっくりするほど散らかってて!
これを片づけるのかと思うと、思っただけで疲れるけど、
でも……ショウ君が何か食べたのがわかってホッとする。
「ショウ君!」
どんなに耳を澄ましてもショウ君の声は聞こえない。
お風呂かな?
寝ちゃうにはちょっと早いけど……疲れちゃったかな。
霧島さんとこまでショウ君が運転だったもんね。
階段を駆け上がり、寝室のドアを開ける。
空気がシンとして冷たい。
ショウ君がいる様子もない。
やっぱりお風呂かと思ってバスルームに向かったけど、そこにもいなくて。
コンビニまで買い物?
おいら、自分の世界に入っちゃったからな……。
メールしようと思ってリビングに戻ると、
ソファーで横になるショウ君が目に飛び込んでくる。
あ、寝てた。
さっきはソファーの背からだったから気付かなかったのか。
「ショウ君……。」
起こそうか迷って、ショウ君の顔の前に跪く。
長い睫毛が寝息の度に上下に動く。
んふふ、可愛い。
クッションで少し歪んだ頬。
クッションを親指と指さし指で摘まむ手。
唇の端に葱が付いてるのまで可愛い!
それをペロッと舌で舐めとる。
んふふ、しょっぱい。
ショウ君、ラーメン食べたのかな。
ちゃんと葱も刻んで入れたんだね。
えらいえらい。
そっと頭を撫でると、瞼がぎゅっと動く。
あ、起きた?
起こしちゃった?
でも、ここでこのまま寝てたら風邪引いちゃうかも。
「ショウ君、寝るならベッド行こ?」
声を掛けるとショウ君の目が薄く開く。
まだぼぉっとしてるのか、膜が張ったような焦点。
焦点……ピント。
ピントを作ってみようか?
ショウ君の瞳にピントを合わせて……翔君の顔を描いてみる?
ちょっと考えてたら、ショウ君の目に、徐々に光が宿る。
「サトシ……もういいの?」
一度、ぎゅっとつぶって、目を開けると、いつものショウ君で。
「ごめんね、夕飯。」
「ああ、大丈夫。一緒に暮らし始めた頃は、こういうのしょっちゅうだったじゃない。」
おいらは視線を天井に向ける。
そうだったかも。
こっちに戻って来た当初は、軌道に乗るまでって田村さんに言われて、
結構ぎっちぎちに仕事入れてたんだった。
徹夜なんかもして。
描き始めると止まらないし、切りのいいとこまでやりたかったし。
ショウ君と付き合う前は、ショウ君への気持ちを断ち切る為に、来る仕事は全部受けてた。
描いてれば、その瞬間はショウ君から離れられたから。
その名残もあったのかな。
あの頃に比べれば、二人の時間も十分とれるようになった。
「あ、サトシお腹空いてない?」
お腹は……空いてることを思い出してびっくりする。
描いてるとお腹空くのも忘れちゃう。
「ラーメン食べる?冷蔵庫にチャーシューとコーンがあるよ。
買って来たものだけど。」
ちょっと申し訳なさそうなショウ君が可愛い。
「んふふ、葱は切ったんでしょ?ちゃんと手を掛けてる。」
ショウ君が、口をへの字にして変な顔をする。
「どうしてわかった?」
「……ショウ君見たらわかった。」
おいらは笑ってショウ君の唇に唇を当てる。
「味する?葱の?」
「しないけど……わかる。」
不思議そうなショウ君が可愛かったから、口に付いてた葱のことは内緒にしちゃった。
さ、おいらもラーメン食べようか。
でもその前に……。
「ショウ君……。」
ショウ君の首筋に腕を回して、唇を合わせる。
描いても描いても終わらないショウ君だけど……。
ショウ君の色っぽい顔、細部まで……見せてもらってもいいかな?