「俺も入れてください!!」
相葉が頭を下げる。
「ダメだ!何度言ったらわかる?」
「何度でも、お願いします!」
さらに頭を下げ、90度の姿勢で固まる。
「……同期なんだってな。」
「はい……。」
泣き腫らし、真っ赤になった顔を上司の布川に向ける。
「今のお前には無理だ。ここは任せろ。」
「でも!」
相葉が前のめりに上司に詰め寄る。
「感情的になったお前に何が見える?
犯人への恨みしかないお前に捜査ができるとは思えん。」
「仕事は仕事と割り切れます!」
布川は複雑そうに顔を歪ませる。
「……できるとは思えんな。」
「そんな……。」
溜め息をつき、布川が相葉を見下す。
「目の前で犯人を追い詰めたら、お前どうする?」
「……。」
言葉を失う相葉に、布川の目が優しく語りかける。
「その気持ち、わからなくもないが……。」
布川が相葉の肩に手を置く。
「ここは任せて、お前はお前のやるべきことをやれ。いいな?」
相葉の肩をギュッと掴むと、相葉に背を向ける。
それ以上、何も聞かんとその背中が言っている。
仕方なく、相葉は部屋を出て、階段を駆け下りた。
今回の事件の被害者は、塚本夫婦だった。
例のように赤いカードが現場に残っていたことにより、
警察はシリウスによる、連続殺人事件と断定した。
殺人鬼がなぜ塚本を?
塚本が恨みを買うなど、どうしても相葉には考えられなかった。
家族を大事にする真っ直ぐな男だった。
重い荷物を持つお婆さんを放っておけない、優しいやつだった。
政治家の不正に憤りを口にする、正義感の強いやつだった。
妻の陽子も、夫の正宗と小春を愛する可愛らしい人だった。
そんな二人がなぜ!?
1階の地面に足を着いた拍子にドンと壁を叩く。
この連続殺人事件には被害者の共通点が見つかっていない。
殺害手口も場所もまちまちで、赤いカードがなかったら、
連続殺人だと思う者はいなかっただろう。
最初の被害者は映画評論家だった。
テレビでコメンテーターなどをする有名人だ。
女性関係が週刊誌を賑わせたこともあり、
警察はすぐに犯人が見つかるだろうと高を括っていた。
赤いカードの存在に違和感はあったが、
それが大きな意味を持つとは、誰も思っていなかった。
だが、二人目の銀座のクラブのママが殺されて様相が一変した。
同じ犯人を示唆する赤いカードが現場に落ちていたからだ。
連続殺人。
マスコミがこぞって騒ぎ立てた。
二人に面識はないと思われた。
なぜこの二人が?
さらに続く第三の殺人は衆議院議員。
マスコミはそれぞれに持論を展開し始めたが、
どれも現実味のなさそうなものばかりだった。
警察も入念な捜査を行ったが、三人に共通するものは一切浮かび上がってこない。
事件を結びつけるのは赤いカードだけだった。
そして、第四の殺人、塚本夫婦だ。
塚本が前の三人と面識があったとは到底思えない。
三人は、華やかな世界に身を置いているように見えたが、塚本は一介の警察官。
殺される動機など想像もつかない。
相葉は車に駆け寄り、運転席に乗り込む。
今回、不幸中の幸いだったのは小春が幼稚園のお泊り保育に行っていたことだ。
小春が産まれてから初めて夫婦水入らずになった日。
相葉は嬉しそうにメールを送ってきた塚本を思い出す。
たまには外で食事でもと誘ったが、塚本の帰宅時間があいまいだった為、
家でいいと断られた。
何かしたいが、何をすれば喜ぶか?
そんな内容だった。
「くそっ。」
ハンドルをドンと叩き、持って行き場のない怒りに震える。
「なんで、なんであいつが……。」
しばらくハンドルに突っ伏し、込み上げてくるものに身を任せる。
「うっ……。」
嗚咽が後から後から漏れてくる。
だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
チラッと時計を見て、顔を上げる。
時刻は5時を回ったところだ。
小春を迎えに行かなければ。
指で涙を拭い、エンジンをかける。
小春に何が起こっているのかを、真実を……伝えなければならない。