「大野さん……てさ、何してる人?」
ベッドの上から動けない大野の脇に座り、ポテトチップを摘まむ二宮が視線を上げる。
「何って……ヒモ?」
大野が笑いながらそっと右眉の辺りを撫でる。
右瞼が腫れて、目が半分閉じている。
手についた軟膏をじっと見、その指を首筋に撫でつける。
「あ~あ、触っちゃダメだよ。薬が取れちゃう。」
「なんか、引っかかるんだよ、ここ。」
「引っかかるに決まってるじゃん、腫れてるんだから。」
大野は笑って二宮の持つポテトチップの袋に手を突っ込む。
「お前こそ何してんだ?」
「私?私は……。」
二宮はジャケットの内ポケットから箱入りのカードを取り出す。
箱から丁寧にカードを出すと、それを大野の前に広げ、一枚取れと顎で合図を送る。
大野は真ん中辺りの一枚を取ると、見ていいのかと目で合図を返す。
二宮は小さくうなずき、残ったカードを束にしてシャッフルする。
大野が取ったカードはハートの7。
「それ、適当にこの中に入れて。」
二宮に言われるまま、また真ん中辺りにカードを差し込む。
「好きなだけ切ってよ。」
二宮に渡されたカードを不器用な手つきでシャッフルする。
腕が動かないから、上手く切れなかったが、なんとか混ざったような気がする。
そのカードを二宮に返すと、二宮はニコッと笑って、一番上になったカードを捲る。
「大野さんの取ったカード、これでしょ?」
捲ったカードはハートの7。
「すげぇ!」
「ふふふ、私、マジシャンなんですよ。まだ一人前……と言えるかどうかわかんないけど。」
「マジシャンかぁ、どうりで……。」
「どうりで?」
二宮が首を傾げ、不思議そうに大野を見る。
「どうりで手の動きが繊細だと思ったんだ。
シャツを脱がす時とか、ハサミの使い方とか。」
大野は感心したようにカードに見入る。
「これ、タネあんの?」
「タネはありますけど……カードは普通のカードですよ?」
二宮はもう一度カードを大野に差し出す。
「俺にも教えて。」
「怪我してるから無理です。」
「治ったら!」
「治ったらね。」
大野はカードを広げたり、膝の上で混ぜたりしながら、話し続ける。
「じゃ、ショーとか出んの?」
「ショーはアシスタントでたまに。今はバーでテーブルマジック見せたりしてます。」
トーマの経営するバーでする仕事。
簡単なマジックでも、客の驚く顔が間近で見え、
本来のマジックの楽しさを思い出させてくれる。
もう一つの仕事は……。
「いつからやってんの?」
大野が片手でカードをまとめようとして、なかなかまとまらないのを見かねて、
二宮がカードを揃える。
「高校卒業してすぐかな……。
元々手先が器用だったのを、たまたまバイトしてたファミレスに師匠が来て……。」
「師匠?」
「Mr.ジャニーって知らない?結構有名なんだけど。」
「知んねぇな。俺、あんま日本にいなかったから。」
「え?海外にいたの?」
「ま、そんなとこ?だから、日本語ヘンでも気にすんなよ。」
「変じゃないけど……。」
「けど?」
大野が首を傾げる。
「言葉遣いが悪い。」
メッと親が子を叱るように目で叱る二宮を見て、大野が笑う。
「それはいいんだよ、それこそ気にすんな!」
笑いながらポテトチップの袋に手を突っ込む。
「今もシショーについて修行中?」
二宮は、ううんと首を振る。
「私がどんどん上手くなってくのが気に入らない兄弟子たちが、
まぁ、いろいろしてくれたので、辞めました。
師匠には悪かったけど、あのまま続けてたら師匠にも迷惑かかっただろうから。」
兄弟子たちが気に入らなかったのは、マジックの腕だけではない。
二宮の見た目、客に対するフレンドリーな対応、口の利き方、
とにかく何にでも文句を付けて来た。
最後は、師匠をベッドに誘いこみ、騙してるんだろうと言われ、啖呵を切って辞めてやった。
バイトでもなんでも仕事はできる。
力仕事以外なら、大抵のことは難なくこなせる。
よくなかったのは時期だ。
ちょうど音楽教師と疎遠になった頃だった。
初めて添い遂げた相手が、自分を遠ざけようとしてる。
仕事と恋人を同時に失う。
もう、頼れる親もいない。
それは二宮の心を頑なにした。
二宮の顔から表情を奪い、二宮の心を閉じ込めるに十分だった。
そんな時だった。
トーマと出会ったのは。
「どうした?黙って。」
大野がポテトチップをムシャムシャと頬張る。
口に入らない分のカスが、布団の上に落ちるのを、二宮がチマチマと拾っていく。
「思い出してたんです。恋人と出会った頃のこと……。」
「なんだ、もう寂しいのか?だったら帰れ。」
「いいえ……あなたが治るまでは……。」
治るまで一緒にいれば、本当のことがわかる。
本当に自分が夢遊病なのか……。
寝ている時に何もしてなかったとしても、
その間にまた事件が起きれば、自分は犯人じゃない……。
そうすれば、大手を振ってトーマの元に帰れる。
「ははは、お前も律儀な奴だな。」
「そうなんですよ。受けた恩は忘れません。そろそろ煙草買いに行ってきますね。
銘柄は……。」
大野が中の煙草を取って、箱を二宮に投げる。
「これ、持ってけ。子供の使いと一緒だな。」
笑う大野に二宮が顎を上げる。
「子供はどっちですか?蒲団にお菓子こぼしながら食べる大人がいますかね?」
さっき拾ったお菓子をティッシュに包み、ゴミ箱に放ると、
煙草の箱を持ってドアへ向かう。
「他は?いいですか?」
「ああ、必要な物があったら、また行ってもらうさ。」
ムッとした二宮が頬を膨らませる。
「もう行きませんからね!」
「恩があんだろ?」
「それと甘やかすのとは別!」
ガシャンッと勢いよくドアを閉め、二宮が出て行く。
大野は、そのドアを見つめ、スマホを開くと画面をタップする。
「マジックか……。」
煙草を口に咥え、手探りでライターを探す。
「寝てる間……トラウマ?夢遊病?……何を心配してる?」
冷たい物に手が触れ、それを握る。
青い百円ライターで煙草に火を付けると、さらにスマホをタップする。
「とりあえず……さっきのマジックのタネ、ぜってぇ見つけ出してやる!」
スマホを勢いよくスクロールする。