コーヒーは飲みやすい口当たりなのに、ドンと存在感のある香りで。
まさにジュン君のコーヒーの味!
きっと慎重に豆を選んで、焙煎して……。
丁寧な仕事なのがすっごくわかる。
苦みの奥にあるまろやかな酸味。
求めるものを引き出す技術だよね。
ジュン君もずっと勉強してたんだ……。
「何?笑って。」
ショウ君がコーヒーを持ったまま、肘をおいらの方に寄せる。
「ん、やっぱりおいら、ジュン君のコーヒー好きだなと思って。」
微笑みながら、またコーヒーを口にする。
うん。冷めてきてもいい香り。
ここの庭にほんとぴったり……。
庭に目をやると、遊びに来た小鳥が、パサッと飛び立とうとするとこで。
その羽が、庭の芝生に影を作る。
穏やかで、でもメリハリが利いてて……絵みたい。
そう思った時、またジュン君がやってきた。
「コーヒー、どう?サトシ好みだったでしょ?」
「うん!」
ジュン君が柔らかく笑う。
まさに天使!
「帰りに豆、持って行きなよ。そしたら家で飲めるよ。」
「でも、ジュン君みたいに淹れられないよ。」
「じゃ、飲みたくなったら来てくれる?」
ジュン君がウィンクして、グラスにお冷を注いでくれる。
「もちろん!しょっちゅう来ちゃうかも。」
おいらが笑うと、ショウ君が面白くなさそうにコーヒーを飲む。
「ふんっ!」
「あれ?ショウちゃんはお気に召さない?」
「え~、美味しいよね?」
ショウ君はもう一口飲んで小さくつぶやく。
「お気に召さないけど……悔しいけど、旨い!」
ジュン君とおいらは顔を見合わせて笑う。
「カズの写真、見たよ。」
「あ、見た?よかったよね~、あの写真!」
「うん。この店に飾る写真、何枚かもらおうかな。」
「あ、すっごく似合う!」
カズの優しい写真がこの店を彩る……想像しただけで絶対似合うのわかる!
「サトシも。この店の雰囲気で、落書きでいいから、描いてくれる?」
「いいよ!天使のジュン君、描いて持って来る!」
「え~、俺?俺はいいよ~。」
ジュン君がクスクス笑う。
「え?やだ?」
「嫌なわけじゃないけど……自分の似顔絵じゃ恥ずかしいじゃん?」
「恥ずかしくないよ。ジュン君、イケメンだもん。」
「ふんっ。」
またショウ君が大きく鼻を鳴らす。
おいらにとってショウ君が一番のイケメンだってわかってるくせに。
こういうとこがまた可愛いんだよね。
「じゃ、今度、ショウ君と一緒に持ってくるね。天使のジュン君!」
ショウ君を見ると、ショウ君はブスッたれた顔のままうなずく。
ショウ君だってジュン君に会えるの嬉しいんだから、そんな顔しないの!
「そうそう、貴田のとこ、子供産まれたらしいよ?」
「え?貴田君、パパ!?」
「男の子だって。」
貴田君……パパなんだ。
想像できない!
ずっとジュン君が好きだった貴田君。
同じくジュン君が好きだった幼馴染と結婚したんだよね。
そっかぁ、パパなのか~。
感慨深いって言うか……不思議な感じがする。
きっと今でもジュン君を好きな気持ちは残ってて。
そんな貴田君がパパ……。
何かお祝いあげたいな~。
「あ、お土産渡すの忘れてた!」
おいらはショウ君の腕を叩き、お団子を取ってもらう。
「ジュン君の好きなみたらし。ここの、すっごく美味しいらしいよ。」
兎屋のお団子を渡すと、さすがグルメなジュン君。
包みを見ただけで、兎屋さんもわかって。
「ここのみたらし、ほんと旨いんだよ、嬉しい、ありがと!
後でスミレと食べるわ!」
にっこり笑ってカウンターに持って行く。
その後ろ姿を眺めていたら、ショウ君がおいらの手を握る。
「すごいね。貴田君、パパだって。」
「想像できないな。」
「うん、想像できない!でも、優しい、いいパパになるよ。」
「奥さん、あの、小学生の頃サトシをいじめたやつだろ?
尻に敷かれてるな。」
ショウ君がクスクス笑う。
「うん、確実!」
ショウ君がさらにギュッとおいらの手を握る。
おいらもギュッと握り返す。
もう、おいら達もパパになる歳。
きっと、遠からずジュン君も……。
「おいら達、おじさんになっちゃうね。」
コーヒーを一口飲む。
さっきより苦みが舌に染みる。
「おじさん?お兄さんだろ?永遠のお兄さん!」
ショウ君が握っていた手で、トントンとおいらの手を叩く。
「そろそろ行く?」
「うん……。あ、その前に、洋服も見ていこ。」
「服?」
「うん、ショウ君の、選んであげる!」
立ち上がったおいらに続いて、ショウ君も立ち上がる。
このお店は、数か所に、サラッと洋服も置いてある。
それをちょろちょろハシゴして、ショウ君にはボーダーのニット、
おいらにはショウ君セレクトの白いシャツを買った。
綿の肌触りのすごくいいやつ。
ショウ君が選ぶと白が多くて、自分で選ぶと黒が多くなるから、
おいらのクローゼットはモノトーンばっかりになっちゃう。
今日買った服、火曜日に来て行こうかな。
カズのお祝いだから、新しい服で!