電車の入口付近に寄りかかり、外を見つめる。
電車が走り出すと、ホームが流れ、明るい空が目に飛び込んで来る。
けれど、俺の心には、モヤモヤとした霧が立ちこめる。
なぜ大野は嘘をついた?
美咲はフラれていた。
付き合っていたわけではない。
ではなぜ大野はあんなに犯人を憎んでいる?
殺したいと思うまでに……。
電車がガタッと揺れる。
両足で踏ん張ったが、肘が窓に当たる。
軽く肘を撫で、先ほどの潤を思い出す。
憔悴し切った顔……。
最初に面会に行った時では、きっと話してくれなかったであろうことも、
今回素直に話してくれたのは、疲れ切っていたからだろう。
それは、潤が限界に来ているということ……。
急いであげないと。
急いで……真実を見つけ出して……。
最寄駅の名がアナウンスされる。
俺は帰りを急いだ。
大野にとって美咲は……。
……俺に隠していることを聞かなければ……。
俺達は一緒に犯人を捜すと約束したのだから。
アパートに戻ると、真っ直ぐ大野の部屋をノックする。
大野はすぐに顔を出す。
「行って来たか。」
コクリとうなずき、大野の部屋に入る。
「で、松本はなんて?」
大野が折り畳み式のテーブルの前で胡坐を掻く。
俺も大野のはす向かいに腰を下ろす。
「美咲さんと付き合っていたと……。」
「ほらな。」
大野は胡坐を掻いたまま手を後ろにつく。
「年明けに知り合って、付き合うことになって……、俺と付き合う少し前に別れたと。」
大野は目を細めて俺を見る。
「別れた原因は……潤は俺に告白する為……。」
そうだろ?やったのは松本だと言わんばかりに。
「美咲さんは……好きな人に告白する為に。」
「好きな人……。」
大野の顔から表情が消える。
その後は、俺の報告を終始無言で聞き続ける。
最後にメールの話をすると、大野の眉がピクッと上がる。
「自暴自棄?」
「はい……。もういい、潤君は幸せになってと……。」
「美咲……。」
大野がやっと俺を見る。
「大野さんですよね?告白の相手は。」
大野は何も言わず、ただ俺を見続ける。
「美咲さんのこと……断ったんですか?だったらどうして……。」
そんなに犯人を憎んでいる?
「俺じゃ美咲にもったいない。」
「そんな問題じゃないでしょう?美咲さんが好きなのはあなたなんですから!」
大野の目が寂しそうに歪む。
「イヤリングを貰って勇気が出たって相葉亭の店主も言ってました。
親密になっていたんでしょう?」
大野は何か言い掛け、グッと胸元で拳を握り込む。
「店主の前で泣くほど悩んで……やっと告白したんです。
たぶん、生まれて初めて……。」
視線が、俺に何かを求めるように揺れる。
「告白は……食堂ですね?
美咲さんはあのイヤリングをして、大野さんに告白した……。」
大野の視線が下がる。
「二人に何があったかわからない。でも……イヤリングは落ちた。」
あの食堂で、落ちたのにも気づかないような出来事……。
それしか考えられない。
「あなたにとって美咲さんは何なんですか?
恋人じゃなかった。でも、犯人を殺したいほど憎いと思うのは……。」
もう俺にはそうとしか思えなかった。
「美咲さんはあなたの……肉親?」
大野の肩がギクッとする。
大野は父親に育てられたと言っていた。
美咲は幼い頃に母を亡くしたと……。
「……そうだよ。美咲は俺の妹だ。両親の離婚でバラバラになった……。」
「…………!」
わかっていても息を飲む。
「美咲は知らない……。俺にも微かに記憶にある程度だ。
ただ、親父はたまにこっそり様子を見に行っていたらしい。
俺は、親父の遺品の中に美咲の写真を見つけて……成長した美咲を知っていた。」
大野は胡坐の膝に肘を付き、右手の甲を左手で撫でる。
「ここに……美咲が越して来た時はびっくりした。
まさかと思った。
一人っきりになった俺の為に、親父が寄越してくれたんだと思った……。」
大野はやけどや汚れの染みついた自分の手の甲を見つめる。
「でも、美咲には言えなかった。突然、俺が兄だって言われたらどうする?
困んだろ?若い女と関わることなんてなかったからな……。
戸惑っているうちに……言えなくなった。
言わなくてもいいかと思った。
美咲は兄がいることも知らないだろうし……。」
大野は拳を作り、それを覆うようにもう片方の手で握る。
戸惑いながらも、手助けしていた大野を想像する。
相葉亭の店主も可愛がっていたと言っていた。
それを美咲は……。
「美咲の態度が変わって来ていたことには気づいていた。
でも、彼氏ができたからだろうと……。」
大野が軽く膝を叩く。