遠くで目的の駅名を言っていて飛び起きる。
ガタッと膝の上の籠が揺れ、中でノアがビクッとしたのがわかる。
「ごめんよ~、大丈夫?」
そっと中を覗くと、円い目をパチクリしておいらを見上げるノア。
「びっくりさせちゃったね。ごめんね。」
そっとつぶやいて、籠を閉める。
周りを見回してみると、見た記憶のあるのは主婦の三人連れだけ。
他の人は降りちゃったのかな?
だいぶ寝てた?
表示盤には目的の駅名が光ってる。
「あ、次。」
おいらは電車が止まるのを待って立ち上がる。
降りたのは小さな駅。
駅員さんが一人、改札にいるだけ。
駅舎も古くて、何もないけど、なんか可愛い。
ここからは、マー君から送ってもらった地図が頼り。
なんでも屋さんは絵も上手みたいで、手書きの地図が送られて来た。
駅からはそう複雑な道じゃない。
坂を上っていけばすぐ。
さ、ノア、もうすぐブランに会えるよ。
不思議とおいらもあの猫がブランだと思ってる。
……そう言えばショウ君、おいらの夢の話、疑うことなく聞いてくれたけど……。
考えてみたら不思議な話。
猫が夢の中で、人間になって話してくれるなんて。
どうして信じられたんだろ?
おいらに話を合わせてるだけかな?
道は緩やかな坂道。
陽ざしは暖かいし、風が涼しくって気持ちいい~っ。
風に乗って、ほんの少し磯の香りがする。
「ノア、気持ちいい?」
籠の中のノアに話しかける。
一度、ゴソッと動いたけど、鳴き声はしなかった。
ノアもこの空気を感じてる?
「もうすぐだよ。もうすぐブランに会えるね?」
今度は小さくミャアと鳴いた。
そのカフェは坂道の一番上にあった。
大きな樹の扉。
温かそうな雰囲気。
看板にはCafeHappinessの文字。
間違いない。ここだ!
籠に入ってるから……ノアも一緒で大丈夫かな?
重たい扉を思い切って引く。
カランと音がして、いらっしゃいませの声が響く。
扉の中は、優しい、木の温もりを感じさせる内装。
山小屋風?
ログハウスみたいな感じ?
ゆっくり足を踏み入れる。
キョロキョロと見回すと、いたるところに絵と写真が飾ってある。
わぁ~、海の絵だぁ~。
人物画もある!
しかも、上手い!
あ、これ、ショウ君に似てる!
こっちはジュン君?
カズとマー君も!
不思議。
不思議、不思議、不思議!
違う世界のおいら達みたい!
もちろん似てるだけで、みんなじゃないのはわかってる。
やっぱりみんな、ちょっとずつ違う。
でも、おいらのテンションがどんどん上がる。
「いらっしゃいませ。」
店員さんに声をかけられ、振り返る。
おいらは目を瞠る。
すっごいイケメン!
ショウ君そっくり!!
ショウ君をちょっとクールにした感じ?
黒いベストとカフェエプロンが似合ってて、とってもスマート!
「あの……お客様?私の顔に何か……?」
店員さんが不思議そうに首を傾げる。
「あ、いや……その……知り合いに似ていたので……。」
「それは不思議ですね。お客様も私の知り合いにとっても似ていらっしゃいます。」
店員さんがニコッと笑う。
「テーブル席とカウンター席、どちらがよろしいですか?」
店内には何組か、お客さんがいる。
ノアと一緒だから……どっちがいいんだろ?
「あ、あの……この子が一緒なんですけど……。」
おいらは籠を少しだけ開けて店員さんに見せる。
おいら達を見上げるノアが、ミャアと小さく鳴く。
「では窓際の一番端はいかがでしょう?テーブル席です。」
にっこり笑った顔が本当にイケメンで、ポッと頬が染まる。
ダメだ。
おいら、この手の顔に弱い……。
しかたないよね?
ショウ君がこんなカッコで笑ってくれたら、ポッてなっちゃうの。
ショウ君じゃなく、店員さんだけど……。
返事できずにいるおいらを、店員さんは席に案内してくれる。
「まだ小さいですね、何ヶ月ですか?」
「え、あ……。わからないんです。最近拾ったので……。」
席を促され、奥に籠を置く。
「奇遇ですね。ウチにも来たばっかりの子がいるんですよ?」
そうだった!
その子に会いにきたんだ!
籠の中でノアも鳴く。
「真っ白の……?」
「そうです。よくご存じですね?お客様、ウチは初めてでは……。」
「は、初めてです。友達から聞いて……。」
「友達から……?」
おいらはなんて言おうか躊躇う。
夢の話をしても……信じてもらえるとは限らない。
いくらショウ君に似てても。
「その……白い猫に会わせてもらえませんか?」
籠の中で、ノアが暴れる。
「ノア、ダメ。静かに。」
「ノア……?」
「あ、この子の名前です。ノア、ノワール。」
おいらはそっと籠を撫でる。
ダメだよ。暴れちゃ。
ここは家じゃなく、お店なんだから。
「またまた奇遇ですね。ウチに来た子もブランって言うんですよ。
フランス語で白と黒……対の二匹みたいですね?」
店員さんが、笑いながらメニューを差し出す。
「ブラン……どうしてその名前……?」
「これが不思議なんですけどね、ウチの店長が……夢のお告げを受けたらしくって。」
店員さんが楽しそうに笑う。
「お客様に似ているっていうのは、その店長なんですけどね。」
店員さんがおいらの前にお冷を置く。
「これは……何か、縁があるのかもしれませんね?」