「狐殿の言う通り、雅紀さんのご飯も食べ、青菜も飲み込み、
すこぶる美味しい私ができあがりましたよ。」
櫻井がにこりと笑う。
「狐殿も……そろそろ本当の食事をしないと……。」
男は笑いながら、茶碗を片づけ始める。
「お前はそんなにわしに精気を吸われたいのか?」
「そうではありませんが……。」
櫻井も男に倣って茶碗を重ねる。
「それとも、口を吸われたいだけなのか?」
男がにやりと笑う。
「狐殿の体が心配です。」
男は、ふんと鼻を鳴らす。
「さっきだって、結局精気は吸われなかった……。
突然倒れたりしても知りませんから。」
櫻井は全部の茶碗を盆に乗せると、土間へ下り、流しへ運ぶ。
その背中に向かって、男が声を上げる。
「お前に育てられているから、あいつがああなるんだ。」
「あいつ……?雅紀さんのことですか?」
「そうだ。あいつが周りに気を遣い過ぎるのはお前の影響だな?」
「そんなことはありません。雅紀さんは最初から心優しい、気の回る子でした。」
櫻井は、出会った頃を思い出したのか、懐かしそうに優しく笑う。
「泣いて、私にしがみつくあの子はとても可愛らしかった。」
男はまた、ふんと鼻を鳴らす。
「その可愛い子は……鬼の子だ。」
「わかっています。この先、あの子がどんな道を辿るのか、
それは私にもわかりません。でも……。」
「でも?」
櫻井は流しに茶碗を置き、両手を掛ける。
「あの子が一人でも強く生きていけるように……。
星があの子を導いてくれる……。」
「その前に、お前だ。」
男は櫻井の後ろに立つ。
「わしに精気を吸われれば……お前の寿命は短くなる。
……わかっているのか?」
「……わかっています。
それでもあなたは生きなければいけない……。
それが星の決めた運命(さだめ)……。」
「いいのか?それで。」
「はい……。私ごときが何を言っても狐殿には理解できないかもしれませんが……。」
櫻井は振り返って男を見つめる。
その頬に、そろっと指先を這わせ、手の平で包む。
「生きて欲しいと、私が思うのです。
たとえ、私の命が尽きようとも……。
そして、あの子を……見守ってあげて欲しい……。」
男は片頬を上げ、櫻井を見つめる。
「全てはあの鬼っ子の為か?」
櫻井はクスッと笑ってもう片手も頬に添える。
「最初はそうでした……。
どうあがいても、私はあの子より先に逝ってしまう。
あの子は鬼の子であるだけでなく、珍しい……治癒の力も持っています。
あの子の作る薬は、ただの薬ではありません。
薬草本来の効能よりもより高い効果を発揮する……。
良き人と一緒にいれば、それは良き力となるはず。
ですが、もし、そうでなければ……。」
「悪用されることを恐れているのか?」
櫻井は小さくうなずく。
「それもあります。それよりも、その力を巡って争いが起こることが……怖いのです。」
男は櫻井の手の中で溜め息をつく。
「鬼の寿命は長い。軽く人間の3倍は生きるぞ。」
「はい。だから、狐殿に会いに行ったのです……。」
「なんだ、やはり鬼っ子の為か……。」
男は櫻井の気持ちを推し量るように、じっと瞳を見つめる。
「最初は……。」
櫻井は困ったように笑って、男の頬を撫でる。
「あなたくらいの力があって、あなたくらい生きられれば、
あの子の力になれる……そう思っていました。
もちろん、今もそう思っていますよ。」
櫻井の指先が優しく男の頬をなぞる。
「あなたへの任が下りた時、星も輝いていました。
これは天命なのだと思いました。」
「ふん、わしに天命など、糞くらえだ。」
櫻井は微かに笑って、男の頬を撫で続ける。
「あなたなら、そう言うと思ってました。」
撫でていた指を目の形に合わせて添わせる。
「でも、あなたに会って……、星の輝きの意味が違うことがわかりました。」
「なんだ、何が言いたい?」
「雅紀さんのことだけではなかったのです。」
「……どういう意味だ?」
「それは……きっとあなたにもわかっているはず……。」
櫻井はそう言って男の 唇 に 唇 を 重 ねる。
男が軽く口を開くと、櫻井の両手に力が入る。
男の顔を固定し、愛おしそうに 舌 を 絡 ませる。
柔らかく、優しく、男のそれと絡め合いながら、徐々に奥へと忍ばせていく。
男の 舌 も、愛 撫 するように緩急を付けて櫻井の 舌 を転がしていく。
唾 液 が溢れ、クチュッと音がすると、男の頬を押さえていた櫻井の手が男の背に回る。
男の腕も櫻井の腰を抱き、二人は縺れるように 唇 を合わせ続ける。
「んっ。」
「……ぁっ。」
次第に激しくなる口づけに、男は櫻井をじわじわと居間の方へ押しやる。
ゆっくり後退りする櫻井の背が戸板に当たると、
二人の体がよろめきながら畳の上に重なり合った。