「母さん、そんなこと言われても……。
うん、わかってるけど……。
だったら、その叔父さん、探してさ……。」
点滅する信号。
男は周りを気にしながら、小走りに交差点を渡る。
「俺だって、そんなに簡単に仕事辞められないし……。
そうだけど……、だから……。
もういいよ。電話切るよ?
……わかったよ。俺が叔父さん探すから……。
うん、うん……。
見つかったら、俺、このまま仕事続けるからね?
……そんな!
……わかった。なんとしても見つけて、連れてくから。
うん……じゃ……。」
男は携帯を切ると、深い溜め息をつく。
思案深げに首を振り、ポケットに携帯をしまう。
ポケットに手を入れたまま、細い路地を歩き、ふと顔を上げると、
目の前のビルの小さな看板が目に入る。
「なんでも屋……。」
汗ばむ陽気に首の周りを撫で、躊躇しながらビルを見上げ、
1階にある、喫茶店に入って行く。
カランと音がしてドアが開くと、中はひんやりとして涼しい。
カウンターにはこの古びた店には似つかわしくない、赤いランドセル。
「いらっしゃいませ~。」
カウンターの中の店員が、にこやかに笑顔を向ける。
「お一人様ですか?」
「……はい。」
「では、窓際のお席へどうぞ。」
男は店員の示す方を見る。
窓際のボックス席。
一人で考えるにはちょうどいい。
男はボックス席に腰かけると、メニューに目をやる。
「ご注文は……。」
カウンターの中の店員が、男の席までやってくる。
背の高い細身の店員は、さわやかな笑顔で男を見下す。
男も釣られて笑顔を向ける。
「アイスコーヒーで。」
「アイスコーヒーですね。かしこまりました。」
店員が行こうとするのを、男の声が遮る。
「赤いランドセル……、お子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、まぁ。」
店員が照れたように頭を掻く。
「その若さで……。」
「いや、若く見られることが多いですけど、そんなに若くないんですよ。」
「え?おいくつなんですか?」
「今年で……35です。」
男は明らかに驚いた様子で店員を下から上へ見定めて行く。
どう見ても二十代後半……。
ヘタすると自分と同い年に見える……。
男は店員を見上げ、つぶやくように言う。
「それでも……小学生のお子さんがいるということは……若い内にご結婚されて……。」
「いや……まぁ、結婚は……。」
店員が口を濁す。
結婚せずに子供……?
ひどい女に掴まって子供だけ押し付けられたのか?
なんて不憫な……。
男は声には出さず、同情するような視線を向ける。
「あ、なんか、勘違いしてませんか?」
「いや……悪くすると俺も同じようなもんだから……。」
「同じような……って?」
「俺も……田舎に帰らなきゃいけないかもしれなくて……。
田舎に帰れば、なんだかんだと結婚させられて、
あのかび臭い家から一生出られない……。
俺、そんな人生、絶対嫌なんです!」
「はぁ……?」
「本当に田舎なんですよ。
若い者はすぐに都会に出ちゃって。
残ってるのは爺さん婆さんばかり。」
店員は男の口調に圧倒され、ただ頷くことしかできない。
「今の自由な生活なんて、ひとっつもない!」
「それはお気の毒に……。」
「それこそ、携帯なんて持って行ったら、神の祟りが~とか言われそうなくらいのど田舎。」
「それはちょっと、ど田舎とも違うような……。」
「結婚相手だって、占いで決められちゃうんですよ?
そんなの現代であると思いますか?」
「それはひどい……。」
「そうでしょ?」
男は、ふぅと溜め息をつき、店員を見つめる。
「それを阻止するためには……叔父さんを探さないといけないんです。」
「……叔父さん?」
「そう……父さんの生き別れになった双子の叔父さん……。」
「双子の……。」
男は店員の表情を見逃すまいとじっと見つめる。
「この上の……なんでも屋さん、仕事の評判はどうですか?」
店員はにっこり笑って男を見返す。
「仕事は、できると思いますよ。
必ず成功させるなんでも屋だから。」
店員の笑顔に、男がホッと胸をなで下ろす。
「ただ……そこそこお金はかかるみたい。
何せ、会計が守銭奴だから……。」
「しゅせん…ど?」
店員は、慌てた様子で顔の前で手を振る。
「ま、まぁ、必ず成功させるんだから、高くはないのかな?
とりあえず、行ってみたら?すぐ上だから。」
店員はそそくさとカウンターの中に戻って行く。
男は窓の外に視線を移す。
いくらかかっても……、田舎に帰るよりは……。
少しして、出されたアイスコーヒーにストローを差し、一口飲む。
「…………!」
男の顔色が変わる。
カウンターの中の店員が心配そうに男を見つめる。
「あ、あの……。」
男が店員を見つけ、ニコッと笑う。
「これ、めっちゃ美味しいです!」
店員は満足そうにうなずいて、布巾を手にすると、カップを拭いていく。
「そう言って頂けると嬉しいです。
なかなかその味がわかる人がいなくって……。」
店員のカップを拭く手が早くなる。
男がストローを口にする姿を、店員は涙ぐみながら見つめ続けた。