てんざえもんの哀しき告白 -2ページ目
きょうは土用の丑の日。

おれは、スーパーで売っている。蒲焼きを食ったが!あまりの美味しさに、牛ステーキ まぐろの刺身 ラーメンもすべてぶっ飛んだ!

そして、映画男はつらいよ のワンシーンがあたまの中によみがえった。裏の工場のたこ社長曰わく 人間生きてなきゃうなぎも食えね~よな おいちゃん曰わく 大丈夫か 相当参ってるな

おれも正直昨日から今日の朝までこころが荒れていたが、うなぎの蒲焼きを一口ほおばったら笑みがこぼれてしまった。

うなぎの蒲焼きはひとをしあわせにする力があるよ!


今更ながら国鉄からJRになって鉄道旅行が大変つまらなくなった。JRは効率化に走り過ぎ、のんびりゆったりの旅は贅沢化され、いまのJR体質は戦前回帰を想わせるものばかりである!
なんだあの東京駅のドームは、アンバランスで気持ち悪い!

豪華に装った客車!格差社会化のシンボルのようだ!

おれは昭和50年代の頃の国鉄が良かったよ!

蓋しマルクス主義の敗北の一因は、やはり唯物論哲学にある。
唯物論哲学のために人間を物扱いにし過ぎたのだ。

思うに、社会主義体制の維持には、絶えず人間個人の良心の覚醒が必要で、フォイエルバッハ論の中の言でいえば、愛なのである。

空腹を満たしても良心が生まれるとは言えまい。良心を覚醒させる教育が社会主義体制には、絶対必要であると、おれは確信している。

孔子孟子は東洋左翼の源流と言っても決して過言ではない。


おれは左翼的人間だが、福沢諭吉の言い分をまったく否定はしない左翼であるが、集団的自衛権の容認はますます自衛隊の海外派兵を増大させ、行き着くところは憲法改正→戦争をする日本にしてしまう愚行と言わざるを得ない!総理はイラク・アフガン戦争のようなことはしないと言っているがそれはウソである。とりあえず、日米同盟を理由にアメリカの始める戦争に参加するということは自明の理である。


軍隊自体には賛成だがあくまでも社会主義体制下である。しかも戦争を前提にしない軍隊である。いまの若者に理解出来るかな?



週末久方ぶりに法華経を読む機会に恵まれた。
法華経成立の約五百年前に成立した論語と比べると法華経などは余りにも馬鹿げた内容なのだが…、最近浄土教系の仏教書を古文鍛錬の為に読んでいたので、法華経にも入っていけたのであろう。
やっぱり法華経を読んでみると、日蓮は自らを、法華経の行者などと称して憚らないが、おれは道元・曹洞宗が法華経の内容に合致していると考える。
日蓮はただ己の理屈で法華経を解釈して能書きを垂れてるに過ぎない!法華経の内容と日蓮の行為には矛盾があり、おれは日蓮を法華経の行者とは思わない。云々。
おれは今回法華経を読んで、如来寿量品に重大な哲学的問題を発見した!ここではその内容には触れない。
おれは、日蓮教学とは切り離した法華経論などを読んでみたい。おれは、日蓮の法華経解釈が唯一の正しい解釈などとは絶対に思わない!法華経もまた紛れもない人間の作品だと認識して法華経を読むならば、読み手は自由に自分の解釈を持つことが出来る。日蓮もまた自分流に法華経を解釈したに過ぎない!


おれがいま興味があるものは、ラーメン屋のラーメンではなく所謂食堂のラーメンだ。
ラーメン屋のラーメンは、個性が強過ぎて、それに値段も高く、おれとすれば、しょうゆラーメンが450円以上すれば高いのだ。
しかし、食堂のラーメンは、ラーメン専門ではなく、ラーメンもメニューのひとつという立場であり、安価でもある。だが食堂のラーメンもその食堂のこだわりがあってそこがたまらなく面白い。麺スープに具も店によって違う!ましてやラーメン屋のラーメンと違い行列など無縁だ。
最近は、チェーン店のラーメン屋やこだわりのラーメン店が増え昔ながらの食堂が流行らなく、それで食堂自体が減少して、食堂でラーメンを食する機会が以前より少なくなったと思う。
食堂のラーメンも個性があり、しかも比較的安い!食堂のラーメンを食べ比べるのも粋であり、その食堂の得意の一品を発見するのも楽しみではなかろうか。