てんざえもんの哀しき告白 -18ページ目
神は時に過酷な運命を人に与える。
餓死、孤独死、貧困。これらが神が与える運命ならば、おれはこれらの運命をせおわされた人たちを救いたい。おれも、家内がいるけど、孤独だから。おれは孤独に耐えきれない。でもみんな、おれのまわりからさっていく。おれも孤独だから他の人たちも救いたいんだ。社会からの孤立をなんとかして防ぎたい。それがおれの希望。誰か!おれの話、聞いてください。



おれ、なにやっても報われなかった。自分なりに努力してきたけど、まわりの人間だれも評価してくれない。じいちゃんもばあちゃんもそしてお母さんももうこのよにはいない。頼れる身内もいない。友だちもいない。なんか生きていてもつらいことばかりだ。簡単に消える方法ないかな。なんかひとりで部屋にいるとどんどん落ち込む。なにやっても報われなかった。社会から必要とされていないんだよね。



しかし、尖閣の問題で呆れるのは、中国の狂人より石原である。右翼というやからは、国益など考えもせず、自己主張ばかりだ。石原のような鬼畜は国難の元凶である。石原に煽られた国もアホである。正直、中国の今後の出方が心配だ。



おれは、哲学する者であり、儒学者であり、さよくである。さよくという立場は、性分に起因している部分もあるが、現実の社会に起因している部分も多々ある。頭でっかちのサヨクではない。なんか暑くて、あまり考えたくないのであるが、おれはあたまがわるいので、あたまを使う営業という仕事は向いていない。単調な事務の仕事が向いてるといまでも思う。しかし、世間は、その単調な仕事に高学歴の人間がついている。それが公務員である。わざわざ事務を複雑にして自分の職域を死守しようとしているのが、いまの公務員だ。あたまのわるいやつらやうんのないやつらも生きていける社会がさよくの希求する社会である。それが福祉国家である。能力のない人間は生きられない社会はさよくは望まない。もしおれのしあわせを妨害するものがあれば、おれは、容赦なく相手を倒す。法律なんか関係ない。儒学者としてのおれの立場である。だから、言いたい。お互い居心地の良い社会を築こう!社会の強者は、弱者を思いやれ!弱者は自己研鑽に励め!後ろめたいことはするな!
おれは、さよくだが、社民や共産などは支持しない。主義にこだわることはしない。哲学者の基本である。



こう残暑がきびしいと、本も、自然と読まなくなる。冷たいものが気持ち良い。尖閣に竹島問題が連日ニュースになっている。いま中国に道の政治はない。武力では日本を凌駕している。日本は主張することにとどめ、狂信的な中国国民を刺激しない方がよいと思う。おれは、日本の右派を支持しない。石原などはもってのほかである。領土より、生活に困っている人たちを探せ。その人たちのいのちを救うことが国の大事な役目である。儒教やサヨクなら領土より人のいのちである。